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建モノがたり

広陵町自治会館集会所(神戸市)

地域に愛され いまも「パビリオン」

内部は吹き抜けのワンフロア。カンボジア王家の紋章が正面の壁に 屋根のオレンジ色と水色のふちどりが異国らしい配色 1970年万博時のカンボジア館。今とほぼ同じ姿だが入口には2階へと続く階段があった 美しい彫刻が施されたピンク色の柱が館内や外の屋根の下に配置されている 中庭には、当時の万博会場から「アンコール・トム」遺跡の四面仏などのレプリカも移設 元は建物正面の壁に掲げられていたカンボジア王家の紋章は、現在館内に飾られている しゃちほこのように屋根の先端にあるのは、水の神とされる蛇の装飾 改修時に苦労して探したスレート瓦の復刻版(右)と以前の瓦(左)も展示

連日にぎわう大阪・関西万博。閉幕後の建物の利活用も話題となるなか、1970年大阪万博のパビリオンは今――。

 

 神戸市北区の閑静なベッドタウンにある広陵町自治会館集会所。高さ約12メートルのオレンジ色の三角屋根は、住宅街でひときわ目立つ。屋根の先端を「水の神」という蛇の装飾が彩る異国情緒豊かな建物は、55年前の大阪万博で使われた「カンボジア館」だ。

 住宅会社が入札し、万博の翌年にこの地へ移築。「パビリオンのある街」として宅地開発し、92年に地域へ寄贈された。現在はスポーツ教室などで、年間延べ1万5千人が利用する。

 「地域では今もこの場所を『パビリオン』と呼ぶんです」。そう話すのは、太極拳の会に通う杉本茂さん(79)。移築時に2階建てから吹き抜けへと作り替えられた館内では、太極拳の剣ものびのびと振れるという。

 「杉本さんは、当時の万博でカンボジア館を訪れた一人。万博後に偶然この街へ引っ越し、思わぬ再会を果たした。「当時の万博会場でも目立っていたため、外観を覚えていました。唯一無二の建物です」

 自治会長の田中收さん(76)も「ここは生きたパビリオン。飾り物じゃない貴重なレガシー」と言う。ほぼ当時の姿のまま現存し、自由に見学や使用ができるパビリオンは日本でここだけと胸を張る。

 建物は伝統建築に近代的な採光用の窓を取り入れた「新クメール建築」。館内には王家の紋章や、当時の展示物だったアンコールワットの写真パネルが掲げられている。

 一時は老朽化から建て替え案も出たが、耐震性に問題がないことが分かり、自治会の積立金など約2700万円をかけて8年前に修繕した。建物を象徴する特殊な形のスレート瓦を全国から探し出すことに苦労したという。工事を監修した藤波建設の久原藤利社長(62)は「知恵を絞って60度の急勾配の屋根に沿わせた足場を組んだ」と振り返る。

 田中会長は最近、屋根の形状がかすかに膨らんでいる工夫に気づいたという。「平面的でなく、遠くから見ると非常にきれい。強い風も逃がす、すごい建物」

 すでに先の修繕費用を確保し、まずは築100年を目指している。

(中村さやか、写真も)

 DATA

  設計:ウク・ソメス
  階数:地上2階(移築時に内部を吹き抜けに改修)
  用途:自治会館
  完成:1970年

 《最寄り駅》:山の街


建モノがたり

 一帯の住宅街を抜けると現れる都市近郊型の弓削牧場(☎078・581・3220)へは徒歩約30分。併設するチーズハウス・ヤルゴイで、自家製の乳製品が楽しめる。チーズプレートや、乳清をベースにしたシチューのランチセットなどが人気。午前11時~午後4時半(2時~カフェ)。火水休み。

2025年6月24日、朝日新聞夕刊記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください

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