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高知発 ブルゴーニュに負けないワイン

井上ワイナリーの挑戦

 

「フランスのブルゴーニュに負けない石灰の土壌があるんだから、ブドウを作ってみては?」。研究者のひとことをきっかけに、高知県で石灰から農薬や肥料を製造するメーカーがワインづくりに乗り出しました。高温多湿な気候で上質なワインがつくれるのか。当初は疑問の声も周囲から寄せられましたが、栽培や醸造の研究を重ねて、ミネラルが豊かな土地から繊細な味わいのワインが誕生しました。渋みや香りは穏やかで、新鮮な海産物や野菜との相性が抜群です。

   

 

太平洋をのぞむ高知県香南市野市町。高台に広がる井上ワイナリーで10月3日、「と(10)さ(3)の日」に併せて新酒ワイン「土佐ワインヌーボー」が解禁されました。8月に収穫されたばかりのブドウ「富士の夢」でつくった赤ワイン。「フレッシュでライトだが、果実味はしっかりしていて、高知の食材に合わせやすく仕上がりました」。醸造所長の梶原英正さんは笑顔をみせます。

  

 

 

日本のワイン産地といえば、山梨県や長野県、北海道、山形県などが思い浮かびます。気温の寒暖差が大きく、高冷地が目立っています。ブドウは雨が多いと病気になりやすく、栽培が難しいと言われており、降雨量が多い高知県では、つい最近までブドウ栽培やワイン製造は盛んではありませんでした。高知とワインを結びつけたのは、意外にも「石灰」でした。

 

2010年、ベトナムのノイバイ国際空港。石灰を原料に農薬や肥料を製造する井上石灰工業の井上孝志社長は、農薬の市場調査の帰りでした。長年交流があるブドウ栽培の研究者も同行し、現地の栽培技術が話題にのぼると、研究者からこう声をかけられました。「ブドウ用の農薬を作れるんだから、栽培してビジネスにしてみては?ブルゴーニュのように石灰の土壌はたくさんある」

   

 撮影:恒石晃志氏

 

明治17年創業の井上石灰工業は、石灰の製造販売から事業をスタートさせ、建材や医薬など幅広く事業を展開しています。本社がある南国市稲生は、石灰の産地として古くから知られていました。一方で、フランスのブルゴーニュは石灰の台地でワイン向けの良質なブドウが生産されています。「高知で初の試み。やってみよう」。井上社長の決断で2012年、稲生の小さな畑でブドウ栽培をスタートさせました。

 

栽培する品種は、風土に合うように研究者の助言に沿って、ヨーロッパ産と日本在来産を掛け合わせました。初めは、メルローと国内の山ブドウを交配した「富士の夢」と、ピノノワールと山ブドウを交配した「エイトゴールド」の2種を栽培します。収穫できるまで育つのに3年。2015年に初収穫したブドウは、山梨の醸造所に送り、できあがったワインを地元の企業関係者らにお披露目しました。「高知のブドウ、いいじゃないか」。試飲の反応は良く、2016年に担当部門を法人化して井上ワイナリーを設立し、本格的なワインづくりが始まりました。

  

 

 ただ、道のりは平坦ではありません。ワイン用のブドウ栽培は、ブドウの木を垣根のように並べる「垣根栽培」が一般的ですが、地面からブドウまでの高さが50センチ程度だと、強い横殴りの雨が跳ね返って、ブドウが病気になりやすくなってしまいます。九州や中国地方のワイナリーを見学に行き、棚を組んで栽培する「棚栽培」に変えてみました。ワイナリーの社員が自ら重機を動かし、斜面などにブドウ棚を設置。思ったよりも成長が早く、品質の向上にもつながりました。

  

 

 醸造も、いつまでも「他人任せ」にはできません。委託から自社醸造に切り替えたのは2021年。山梨のワイナリーに住み込みで実地研修を受け、建築士やデザイナーと2年かけて各地のワイナリーを見学に訪れて回りました。良質なワインができる設備を学び、ポンプを使わないことで空気に接することを減らして酸化を防ぐ設計にしました。醸造所は風景が美しい高台に設置。自前で醸造した初年度のワインは、醸造所のショップ限定販売にしたところ、約2万本が2カ月で完売しました。

   

 

「観光」「雇用」「地域貢献」。老舗企業がワインづくりに参入する際、井上社長はこの三つのコンセプトを掲げました。過疎化が進む中山間地域で、地域をあげてものづくりに取り組み、関係人口も増やして事業を広げていくことが地元への恩返しとなります。そんな発想のもとで進めているワインづくりは、高知の新鮮な食材とマッチする商品がそろうようになってきました。

 

「山北地区で収穫されるシャルドネは、他の産地のシャルドネと比べても香りや果実味があり、前菜の野菜などの料理に合わせやすい。アルバリーニョという品種からできるワインは、海産物との相性が良く、東京からも出荷の要請が届いています」(梶原醸造所長)。

 

山北地区の正光圃場で収穫したシャルドネでつくったワインは、今年開かれた「日本ワインコンクール2023」で、欧州系品種の白部門で銅賞を受賞しました。生産するワインと食材の相性を調べるため、高知大学に測定を依頼したところ、「TOSA山北」と「カツオのたたき」は100点満点で98点の高得点がはじき出されました。

 

梶原さんは、石灰の土壌が高知ワインの魅力の一つととらえています。「フランスでもそうですが、産地が違えば同じ品種のブドウでも味の仕上がりが全く違うんです。石灰でも含まれるミネラル分で香りが変わってきます。どれが正解とかではなく、味の違いを楽しんでいただければ」

   

 

井上ワイナリーでは、地域名産の山北みかんを原料にしたワイン製造も始めています。みかんジュースっぽく濁りを残し、アルコール度を落としてリキュールを味わうようなイメージで商品化しました。「高知らしいね」という声が寄せられ、この夏は東京都内の料理店やスーパーにも出荷しています。「酒好きの高知県人がつくった地元のワインということで、海外展開も含めて積極的に流通させていきたいですね」。高知県のワイン製造の歴史はまだ浅いかもしれませんが、可能性はどんどん広がっています。(野村雅俊、写真は井上ワイナリー提供)

 

クイズに正解された方のなかから井上ワイナリーのワインをプレゼントします。

▼TosaWineヌーボー2023 プレゼント応募はこちらから
応募締め切らせていただきました。ご応募ありがとうございました。

 

▼山北みかんワインスパークリング プレゼント応募はこちらから
応募締め切らせていただきました。ご応募ありがとうございました。

 

▼tosacavatina山北シャルドネ2022 プレゼント応募はこちらから
応募締め切らせていただきました。ご応募ありがとうございました。

 ※2023年11月30日(木)16時締め切り

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