夏の風物詩、蚊取り線香。和歌山県の日用品メーカーが、時代のニーズにあう新しい商品の開発に乗り出しています。なぜ、いま、蚊取り線香なのでしょうか。そこには、老舗ならではの技術が引き継がれていました。
◆厚さ2倍のボリューム感
アウトドアでキャンプを楽しむ家族らに注目されている蚊取り線香があります。「ライオンかとりせんこうプレミアム厚太(あつぶと)」。直径10センチほどの渦巻き型の蚊取り線香ですが、厚さは6ミリ。一般的な蚊取り線香の2倍の太さで、ボリューム感たっぷりの商品です。
「屋外でも6メートルのバリア効果があります」。製造する「ライオンケミカル」(和歌山県有田市)の宮崎敦司さん(52)は言います。
ライオンかとりせんこうプレミアム厚太
蚊取り線香は、赤く火がついた先から1センチほど手前の部分から熱で有効成分が気化され、虫よけ効果が発揮される昔ながらの殺虫剤です。「厚太」は、蚊取り線香では初めて屋外・屋内両方で効果が認められた厚生労働省のお墨付き商品。「意外かもしれませんが、厚太が発売される以前は、屋外での効果が認められた蚊取り線香は存在していませんでした」。屋外でも半径3メートル内で長時間忌避効果が続きます。
発売されたのは2019 年。自社商品として販売するほか、相手先ブランドによる生産(OEM)も展開しています。「アウトドアショップとコラボした商品もあります。屋外のレジャーだけでなく、農家でも使われています」
「他社にはない屋外用の蚊取り線香を世に送り出そう。効力や見た目のインパクトも考えて厚さ2倍でつくってみよう」。市場調査などをへて新商品の発案をしたのは、田中源悟社長(58)でした。ただ、その時期は発売の2年ほど前。商品開発には、いくつもの壁が立ちはだかりました。
◆金型づくりの経験者不在
蚊取り線香の製造工程は、まず、木くずや除虫菊、お湯などを混ぜたペースト状の「生地」をミキサーで練り上げ、一定の柔らかさで均一な厚みの板状に加工します。金型をセットした機械でプレスすると、2本の渦巻きが一つになった円盤状の原形が姿を見せます。板に並べて乾燥室に移し、水分を飛ばせば完成品となります。
蚊取り線香製造の工場内
「スタートは、金型って、どうやってつくるの?でした」。2017年7月からプロジェクトの技術部門を任された髙橋栄也さん(41)は振り返ります。それまで数十年、蚊取り線香のサイズは変わらず、同じ金型を修繕しながら使い続けていました。「新しく金型を製造できる社員が誰もいなかったんです」
古い時代を知る職人3人に会社に来てもらい、サイズが大きい金型を製造機にセットして動かせるかどうか確認。「金型づくりのノウハウがある先輩に頼りました」。戦前から除虫菊栽培と蚊取り線香づくりがさかんだった有田市。機械の金型をつくっていた鉄工所もあり、その職人につくり方を請いに足を運びました。
渦巻き型蚊取り線香自動製造機
「実は、金型は手づくりなんです」。真鍮(しんちゅう)を手で曲げて、渦巻き状の曲線をつくり、形が崩れないように「留め具」で固定させるつくりです。「留め具は真鍮を高熱で溶かしてつけるのですが、高温すぎると溶けてなくなり、低温だとくっつかない。900度とか1千度とかの世界です」
◆サンプル品「問題だらけ」
鉄工所の職人とともに試作を重ね、18年3月ごろ、金型のサンプル品を必要数つくりあげました。ところが、ここからも「問題だらけでした」(髙橋さん)。
高橋さん
一つ目は「落ちない問題」。金型で「生地」を円盤状に打ち抜き、網の上に移動させると、ふつうは生地がパッと落ちるのに、「厚太」は落ちません。「水分を含んだパン生地とかピザ生地みたいなもので、量が多ければ多いほど金型にくっついてしまうんです」。
もう一度、OBの職人を会社に呼び、助言を仰ぎます。「水分の量を減らしてみては?」。そうすると金型から落ちやすくなったものの、今度は生地の柔らかさが失われ、板状に成型するときに生地を押し出せなくなってしまいました。「金型を温めてみては?」。しかし、機械の形状から物理的に難しい状況です。「最終的に、ドライヤーで表面だけを乾かす手法を見いだしました」
並べられた蚊取り線香
二つ目は「乾かない問題」です。通常は乾燥室に1日入れておくと乾いた商品になるのに、「厚太」は乾きません。温度や時間、風の量を調整すると、すぐに乾かすことはできますが、クッキーみたいにぼろぼろと崩れてしまいました。夜を徹して試行錯誤を重ね、暖風と冷風のリズムを変えたり、風の向きを逆転させたりして、整えていきました。
ところが、続いて「燃え切らない問題」が発生。「厚太」で火の通りが悪くて燃え切らず、逆に早く燃えすぎてしまって蚊取り線香の効果が短時間で終わってしまうこともありました。燃える時間を調整するために生地の配合を変えると、金型から「落ちない問題」や、板状の生地を押し出せない問題が再発。何度も配合を見直します。
乾燥させると渦巻きの外側の部分が外に開いてしまったり、2本の渦巻きが一つになった円盤状の線香がうまく二つに分かれなかったり、次々と生じた課題を一つ一つクリアしていきます。2年かけて、本格的に製造する態勢を整えました。
◆伝統の継承に「付加価値」を
ライオンケミカルは、入浴剤や消臭剤、洗浄剤 を製造する日用品メーカーです。夏の時期にしか需要が高まらない蚊取り線香になぜ、ここまで力を注ぐのでしょうか。
「さまざまなジャンルにチャレンジしていますが、殺虫剤は会社の胆(きも)の部分です。時代の移り変わりでボリュームは減りつつあっても、蚊取り線香の看板は下ろしたくないと考えています」(宮崎さん)。
宮崎さん
1885年にノミを防ぐ粉を製造する「製粉工場」として創業したライオンケミカル。地域で除虫菊栽培がさかんになり、戦前から蚊取り線香製造に参入していきます。1943年、国内初となる蚊取り線香の自動製造機を発明。売り上げを伸ばしていきます。
創業時の工場
しかし、日用品メーカーとの競合に苦しむ時期が続き、73年にライオン歯磨と業務提携。91年には外資系のジョンソンの子会社になります。99年、地元企業「三和」が親会社となってから、独自商品の開発や販路の開拓が進み、21世紀になって勢いを取り戻している企業です。
「社長が歴史を重んじ、多くの社員も蚊取り線香づくりが盛んだった地元への愛着があります」(髙橋さん)。工場を拡大しつつも、初代の自動製造機を修繕しながらいまも使い続ける背景には、そんな思いが込められているといいます。
初代自動製造機は「復活のモニュメント」でもあります。1953年7月、地域が大水害に見舞われ、ライオンケミカルの工場も多くの機械が流失する被害が出ましたが、この製造機だけは流されずに残っていました。「また、一からスタートしよう」。そんな社員の思いを支え続けた機械として社内では言い伝えられています。
蚊取り線香の自動製造機
ライオンケミカルでは近年、燃焼完了後も残存効果が3時間持続する 蚊取り線香も新開発 。最寄りのJR箕島駅には、有田が蚊取り線香「発祥の地」と伝えられていることを示す看板も設置しました。デング熱対策として海外への蚊取り線香の輸出や 寄付にも乗り出し、「モスキートコイル」といった名前で親しまれるようになっています。
蚊取り線香づくりで、生地に含める水分量は、いまも社員が天候や気温、湿度をにらみながら日々、調整しています。伝統の技術を大切に引き継ぎながら、時代にあわせた付加価値を創造していく。ライオンケミカルの挑戦は続いていきます。
(野村雅俊)
写真はライオンケミカル提供
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