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GinzoSalt 食材を引き立てる「完全天日塩」 

 「塩は生きものです」。塩杜氏の田野屋銀象(ぎんぞう)さん(30)は言います。火をいっさい使わず、太陽と風だけで海水を結晶化させる「完全天日塩」は、できあがるまで最短でも2カ月、長いと半年かかります。結晶の大きさや形、色、味わい、溶ける早さが異なる塩は数百種類にものぼります。食材の魅力を引き出す塩は、どのように誕生するのでしょうか。

  

◆食材にあわせて

 「何にでも合うお塩というのはありません。食材そのもの、そしてシェフの技や表現力を最大限に引き出す調味料をつくりたいと思っています」。高知県土佐市で銀象さんが作るGinzo Saltは、代表的な塩だけで4種類あります。

 ・GinzoSalt Standard 「素材の良さを引き出します。簡単に言うと、野菜をどう美味しくするか。野菜の水分だけですっと溶けてなじむのが特徴です。野菜の甘みや風味を邪魔しないようにマイルドに仕上げています」

・GinzoSalt Fish 「カツオのたたきをどう美味しくするか考えて生み出しました。火を通した魚の味と香ばしい香りをひきたてます。Standardよりも粒が大きめで味も濃く、カリッとはじける食感が特徴です」

・GinzoSalt Meat 「結晶がキューブ状で一辺が2、3ミリの大きな粒が特徴です。嚙む回数が多い肉料理向きです。油や肉汁の強さにもあわせ、ゆっくり溶けていくのが特徴で、最後まで余韻が残ります」

・Stardust Salt 「料理の後に添えるのではなく、下味をつけるような普段使いをイメージしています。粒は大小が入り交じり、味が濃く、うまみも強い。これだけ入れればピシッと味が決まります」

  

 素材の魅力を引き立てる「名脇役」は、オーダーメイドも少なくありません。「○○牛にあう塩をつくってほしい」「結晶は0.1ミリで」「苦みが強くて数秒で溶けるものを」。東京や大阪など各地のシェフから依頼を受け、料理の方法や考え方も聞きとったうえで、一つひとつ提供してきました。食感や味わいの微妙な違いは、どのように生み出されるのでしょうか。

  

◆味を決めるのは2つの要素

 太平洋が目の前に広がる高知県土佐市。清流で知られる仁淀川の河口に近い新居地区にビニールハウスが2棟並んでいます。木の柱が目にとまる「結晶ハウス」には、1メートル×80センチほどの木箱が156箱並び、シートを敷いた箱のなかには、海水が数センチほど注がれています。箱によって水量や透明感が違います。

  

 「やることはシンプルです。海水をまぜて、注ぎ足して、結晶を変えていくだけです」。銀象さんは端的に話しますが、太陽が差し込む日中は1~2時間に1回、海水をかき混ぜます。窓の開け閉めで気温と湿度を調節し、天候や風の強さをみながらきめ細かい作業を繰り返します。

 「塩の味は、大きく二つの要素で組み立てられます」。その一つは、ミネラル分。「ナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウムが主成分として結晶しますが、一つ一つ味が違います。ナトリウムは純度が高いとツンとします。マグネシウムは苦みです。油がある肉と合わせるときはマグネシウムが多少入っていたほうが、味がすっきり仕上がります」。もう一つは、溶け方。「結晶が溶けやすい塩は、しょっぱく感じやすいです。ゆっくり溶けるものは、まろやかになります」

 繊細な塩作りを支えるのが、「完全天日塩」という製法です。石油やガスといったエネルギーはいっさい使わず、太陽と風の力だけで結晶化させます。釜で沸騰させるよりも、時間も手間もずっとかかります。でも、「時間をかけられる分だけ、結晶化をコントロールしやすくなり、味わいや舌触り、口溶け、余韻を設計しやすくなります」。

  

◆伏流水との出会い

 銀象さんが初めて塩づくりに接したのは、高校生のときです。パンクバンドを仲間と組み、ライブで盛り上がりすぎてギターを壊してしまったため、新しいギターを買おうとアルバイトを始めたのがきっかけでした。思った以上に「塩の世話」が面白く、なんだか楽しそうに仕事をする塩職人にも強くひかれていきます。

 その塩職人、田野屋塩二郎(えんじろう)さんから「外の世界を見ておいたほうがいい」と言われ、大学に進学。卒業を前に、塩二郎さんに弟子入りを申し入れます。しかし、塩二郎さんは首を縦に振りません。食い下がって何度か足を運び、つきあっていた女性と一緒に訪れた日に、「その彼女と一緒に入ってくるなら弟子にしてやる」と言われます。

 「彼女」と一緒に3年間、塩二郎さんのもとで修行し、独り立ちするも、なかなか塩作りの適地が見つかりません。高知県の東端、東洋町から海岸線を歩いて回りました。「若いのが突然来てもなあ」と厳しい反応が続くなかで、偶然、土佐市の海岸沿いで、釣りえさのゴカイを育てていた場所があることを耳にします。地下水を井戸でくみ上げていたことが分かり、仁淀川の伏流水と海水が混じり合った「汽水」に出会いました。

 「牡蠣やノリの養殖をみても分かるように、汽水は養分が多いんです。山のミネラル分を含み、砂の層を通過したきれいな汽水で、表現の幅が広がると感じました」。採取した汽水は、木箱に注ぐ前に塩分濃度を上げる工程がありますが、その工房も独特です。こちらも太陽熱だけで水分を蒸発させます。ビニールハウスの天井近くに設置したパイプに汽水をくみ上げて室内に降らせ、床から再びパイプにくみ上げる循環を繰り返します。時間をかけた塩づくりを貫きます。

  

◆完全天日塩を育てて

 木箱が並ぶ「結晶ハウス」の床は、雪が降ったように白い塩で覆われています。自然と積もり、膜のようになっていきました。梁の一部に「塩のつらら」が下がります。「空気が乾燥すると工房内の塩が湿気を出し、逆に蒸し暑い時期は湿度を吸ってくれるので、自然と塩作りに適した環境に近づいています」。

  

 「銀象」という名前は、師匠の塩二郎さんから命名されました。田野屋の屋号を継ぐ職人は代々、師匠が名をつけており、一緒に弟子入りした「彼女」は「白鯉」(はくり)の名前をもらいました。いま、銀象さんと夫婦で塩作りに汗をかいています。

 オーダーメイドは田野屋の伝統です。塩作りが盛んな高知でもほとんどいません。「仁淀ブルーをイメージした透明感のあるクリスタルの塩を」というオーダーには、結晶が白くなるカルシウム分を取り除き、透明なナトリウムを結晶化させ、乱反射しないように形も整えました。時間をかけて成長する塩を毎日見ていると、生きものを育てているようだ、といいます。

  

 高知に生まれ、高知の野菜や魚で育ってきた銀象さん。食材にあう塩をイメージするときに高知の食材を思い浮かべ、その豊かさを感じています。「塩づくりで生きていくことができたら、もうそれでいいんです」。そう語ったあと、こう付け加えました。「恩返しとして、本当に良いものを作りたい。完全天日塩を地域の産業や文化にも育てていければうれしいです」

(野村雅俊、写真は田野屋銀象さん提供)

  

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