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私のイチオシコレクション

横浜美術館

不機嫌…?見方変えたら新発見

「縞模様の服を着たセザンヌ夫人」 ポール・セザンヌ 1883~85年 油彩、カンバス 56.8×47センチ 横浜美術館蔵

 なんだか硬くてぎこちない表情のセザンヌ夫人の肖像画。一見地味で、作品の魅力がわかりにくいように見えますよね。セザンヌは生涯に夫人の肖像を27点描いていますが、どれも不景気な顔なんです。そのため批評家たちは、夫人自身も愛想のない人物だったのだろうと揶揄(やゆ)してきました。

 セザンヌは、人や静物や風景を、円筒形や球形、円錐(えんすい)形といった幾何学形態に落とし込み、画面をつくる画家でした。この絵でも、全体のシルエットや顔、髪などを無理やり三角形におさめています。夫人のぎこちない印象も、実は幾何学化のせいかも知れません。

 しかし、三角づくしのこの画面にも、夫人の感情はあちこちに見え隠れしています。たとえば左右で表情の異なる目、とがらせた口などです。

 長い時間をかけて描かれる肖像画には、モデルの様々な瞬間の表情がぎゅっと圧縮されています。制作中、夫婦のあいだにどんな感情の行き来があったのでしょう。幾何学と人間味のあいだの綱引きを、味わってみてください。

 奈良美智の「春少女」も、やはり左右の目で色や光の入り方などが異なります。あなたにはこの女の子、どんな表情に見えますか。

 この作品にはおすすめの見方があります。正面に立って、目の焦点を合わせず、しばらく画面を眺めてください。少女の顔がぼおっと手前に浮かび上がってきます。まるでこちらにのしかかってくるようです。自分より大きな物に迫られると、自分がちっぽけに思えて、謙虚な気持ちになりませんか。ちょうどこの女の子ぐらいの子どもだった頃のように。

 横浜美術館は開館36年目。足掛け5年の改修を経て、2月に全館オープンしました。収蔵する約1万4千点を、一点一点丁寧に見る。そこで見つかった新しい見方を、分かりやすく伝えることで、世界の見え方を少しだけ更新するお手伝いをする。それが私たちの仕事です。

 

(聞き手・笹本なつる)


 《横浜美術館》 横浜市西区みなとみらい3の4の1(☎045・221・0300)。午前10時~午後6時(入場は30分前まで)。原則(木)休み。「おかえり、ヨコハマ」展は1800円、コレクション展500円。いずれも6月2日(月)まで。

横浜美術館 https://yokohama.art.museum/

 

館長 蔵屋美香さん

館長 蔵屋美香さん

 くらや・みか 千葉県出身。千葉大学大学院教育学研究科修了。東京国立近代美術館企画課長を経て、2020年から現職。開催中の「おかえり、ヨコハマ」展を企画。
(加藤甫氏撮影)

(2025年5月13日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

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