税理士が相続税の悩みにお答えします
税理士の森田貴子さんが相続税にまつわる様々なお悩みにお答えします。今回の相談者は、亡くなった家族の銀行口座から預金が引き出せなくなり、葬儀費用が用意できずに困っています。
夫が亡くなったことを銀行に伝えたところ、すぐに夫名義の預金口座が凍結されてしまいました。私は長年、専業主婦として家庭を支えており、家計の預金はすべて夫の口座で管理していました。そのため、葬儀費用や当面の生活費に充てるお金を引き出すことができず、困っています。このような場合、どのように対処すればよいのでしょうか。(埼玉県在住、70歳女性)
大切なご家族を亡くされた後には、葬儀の手配や役所での手続きに加えて、相続に関するさまざまな対応が必要になります。そのなかでも、「預金口座が凍結されて引き出せない」という問題に直面する方は少なくありません。
金融機関では、死亡の連絡が入った時点で故人名義の預金口座を凍結するのが一般的です。凍結されると、遺産分割の手続きが完了するまで原則として預金を引き出すことはできません。たとえ家族であっても、通帳やキャッシュカードを所持していても引き出すことはできません。また、亡くなったことを金融機関に伝えずに無断で引き出せば相続人同士のトラブルに発展するだけでなく、違法行為に該当するおそれもあります。
とはいえ、葬儀費用や当面の生活費といった急な支出が避けられないケースもあります。そうした状況に対応するために設けられているのが、「預貯金の仮払い制度」です。
預貯金の仮払い制度とは?
2019年7月の民法改正によって導入されたこの制度(民法第909条の2)では、遺産分割が終わっていない段階でも、一定の金額までなら金融機関から預金を引き出すことが認められています。相続人が複数人いる場合でも単独で申請でき、家庭裁判所の許可も不要です。
引き出せる金額は最大150万円まで
仮払い制度を使った場合、①か②のいずれか少ない方の金額が、1つの金融機関から引き出せる上限額になります。
①故人の死亡時の預金残高 × 1/3 × 申請者の法定相続分
②150万円(金融機関ごとの上限額)
たとえば、預金残高が1000万円あり、申請者の法定相続分が1/2の場合、1000万円 × 1/3 × 1/2 = 約166万円になります。この場合は150万円を上回るため、引き出せる上限額は150万円までです。おなじく預金残高が500万円のときは、上限額は約83万円までとなります。
また、この上限は金融機関ごとに適用されるため、3つの金融機関に預金があれば、上限額は最大で450万円となります。
仮払いの手続きに必要な書類は以下の通りです。
・亡くなった人の戸籍謄本(出生から死亡まで連続したもの)
・相続人全員の戸籍謄本、または法定相続情報一覧図
・仮払いを希望する相続人の本人確認書類(運転免許証、マイナンバーカードなど)
・印鑑証明書
・金融機関所定の申請書
ただし、必要書類は金融機関によって異なる場合があるため、事前の確認が必要です。
150万円以上必要なときは?
仮払い制度では1つの金融機関からは150万円までしか引き出せませんが、それ以上の資金が必要な場合は、家庭裁判所に「仮分割の仮処分」という手続きを申し立てることで、追加の払い戻しが認められる場合があります。
ただし、切実な支払いの必要性があることと、相続人が複数人いるときは他の相続人の利益を著しく害しないことの2つの条件を満たす必要があります。そして、裁判所の手続きには時間や費用もかかるため、急を要する支出に対しては不向きな場合があります。
仮払いを受けると相続放棄できなくなるリスクも
仮払い制度を利用して引き出した預貯金を自分の口座に移したり、生活費として消費したりすると、相続財産の一部を「使った」と見なされ、相続放棄ができなくなる(単純承認と見なされる)可能性があります。遺産の全体像が把握できていない段階でこれを行うと、後に多額の借金が判明した場合でも、その借金まで引き継がなければならなくなる可能性があります。
ただし、仮払い金をすべて故人の葬儀費用や借金返済に充てたのであれば必ずしも単純承認とは見なされません。トラブルを避けるためにも、以下の点に注意しましょう。
・領収書などで「支出内容の証拠」を残しておく
・仮払いを受けたことやその用途について、他の相続人に説明しておく
制度の利用は慎重に
仮払い制度は、急な出費に対応できる便利な仕組みですが、制度の使い方を誤ると、後から相続放棄ができなくなったり、相続人同士のトラブルを引き起こしたりするリスクがあります。
こうした手続きはご自身だけで進めようとせず、まずは相続に詳しい専門家(たとえば税理士や弁護士など)に一度ご相談されることをおすすめします。 状況に応じた適切なアドバイスを受けることで、トラブルを避け、必要な費用を確保するための対応がしやすくなります。
(記事は2025年5月1日時点の情報に基づいています。質問は実際の相談内容をもとに再構成しています)
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