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建モノがたり

カトリック桂教会(京都市西京区)

聖堂に調和する和 日系人の心

左側の丸い建物は旧洗礼室。建築当初、十字架は一回り大きく丸太でできていた

京都・洛西の住宅街に佇(たたず)む教会。日本文化が見事に調和した建物には、ひとりの日系人の人生が刻まれていた。

 私鉄駅から歩いて5分ほどの住宅街に立つ教会の屋根は、不思議な形だ。スキーのジャンプ台のように、緩やかな曲線を描いて天に向かってそり上がっている。

 カトリック桂教会の聖堂。60年前の竣工(しゅんこう)だが、造形は古さを感じさせない。脇には屋根に十字架を掲げた円筒形の洗礼室がある。

 反り上がった屋根は真上から見るとひし形で、対角線が十字架に。聖堂へ入ると、柱や梁(はり)のない大きな空間が広がり、天井が奥の祭壇へ向かって高くなっている。木と和紙でできた行灯(あんどん)のような照明や円窓を覆う障子が、コンクリート打ちっぱなしのモダンな壁に調和している。

 18歳で洗礼を受けて以来、この教会に通う柴田長生さん(74)は「聖堂に入ると、祭壇が天へ伸びているように感じ、真ん中に立つと広がりがある。豊かな空間です」と話す。

 聖堂の屋根は薄い金属の板を鉄筋コンクリートの壁で支えるシンプルな構造だ。学生時代から調査に関わってきた京都大学の中嶋節子教授は「極限まで薄くした屋根は、軽やかさを感じさせ、モダニズムと日本らしさ、建築と調度品が融合した建築」と話す。

 調度品も含め設計したのは、木工作家の日系米国人、ジョージ・ナカシマ。建築家フランク・ロイド・ライトの弟子として来日したアントニン・レーモンドの建築事務所に職を得たナカシマは、1934年から5年間日本で暮らした。

 帰国後、太平洋戦争が始まって日系人強制収容所へ。当時の建築の潮流に失望していたナカシマは、収容所内で家具作りを始め、戦後は木工作家として名声を得た。

 1960年頃、教会の設計を依頼したのは当時の主任司祭チベサー神父。開戦時、日系人が通う教会を担当し、収容されたナカシマら日系人を支援をしていた。

 無償で依頼を引き受けたナカシマは桂教会について多くを語っていない。中嶋教授は「日系アメリカ人として生き、建築家であり木工作家だったナカシマの人生そのもののような建物です」と話す。日本に唯一残る彼の建築は、訪れた者にたくさんのことを語りかけてくる。

(山田愛、写真も)

 DATA

  設計:ジョージ・ナカシマ
  階数:1階
  用途:教会
  完成:1965年

 《最寄り駅》:桂


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 教会の向かいにある精肉店「まるや」(☎075・393・6990)は揚げ物が人気で近所の常連が次々やってくる。人気のコロッケ(50円)やハムカツ(110円)はその場の揚げたて。午前9時~午後7時半、日祝休み。

2026年2月3日、朝日新聞夕刊記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください。

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