下町に根付く園芸文化を取り入れた小さなホテルが人気だ。セオリーを覆す客室の空間づくりとはーー。
日本橋人形町の裏路地を歩くと、昔ながらの家屋や店の前にたくさんの鉢植えが並ぶ。その町内で昨年9月、全14室のSOIL(ソイル) Nihonbashi Hotelが開業した。 各階に連なる半円形のバルコニーから、多様な植物がもさもさと顔を出す。まるで植木鉢が積み重なっているようだ。
「街の『路地裏園芸』の緑を、目線の高さで建物に取り込みたいと考えた」と話すのは、ホテル運営会社ステイプルの川口貴之さん(34)。開業前、住民の間に「株分け」の文化が根付いていることを知った。町内を回って約100鉢を譲り受け、ホテルを彩るすべての植物を人形町に育つ品種に限定した。
建築を手がけた武田清明さん(44)は、狭い敷地にどう植物を取り込むか頭を悩ませたと振り返る。「ヒントになったのは、路地裏でも創意工夫で園芸を楽しむ住民たちの精神でした」。時には外の配線につるを巻き付かせ、エアコンの排水も水やりに利用する。
ホテルは「人形町らしい外観」として、全体に植物をまとわせる姿に集約されていった。壁面のバルコニーは上下で幅をずらして配置。デザイン性だけなく雨水を階下の植物にも届けるための工夫だ。
「暮らすように旅する滞在」を提案するホテル。街の雰囲気がそのまま室内に続くように、通常は内装に使わないれんがを使って部屋に花壇のようなベンチを作った。「生活感を排除した空間を作るのがセオリー。しかし、このホテルでは近所のとんかつ屋の看板を借景にすることの方に価値がある」と武田さん。
構造に影響のない部分はすべて窓に。行き交う自転車の気配や、住民が交わすあいさつの声も宿泊体験とした。
祭り行事の多い人形町。武田さんは、ホテルをひと言でいうと「路地裏園芸を積み上げたやぐら」と表現する。都市の大規模開発で各地から路地が消える中、裏路地園芸の文化を垂直に積み上げて保護するーー。「人の集まる空間が突如現れた感じも、祭りをほうふつとさせる」と、武田さんと同じ設計事務所の岡田大志さん(28)も続ける。
ホテル名のSOILは土壌の意。「株分け」された文化が新しい形で広がり、根を張りつつある。
(中村さやか、写真も)
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DATA 設計:武田清明建築設計事務所 《最寄り駅》:人形町 |
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斜め向かいにあるとんかつ衣浦(きぬうら)(☎03・3639・4999)の看板が見える部屋は、風情ある眺めが人気。店のイチオシはロースかつと大エビフライを盛り合わせた「コンビ定食」(1350円)。午前11時~午後2時25分と午後5時~8時20分(いずれもラストオーダー)、土日祝休休み。