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建モノがたり

旧沼津御用邸西付属邸(静岡県沼津市)

松林に囲まれた「明治の皇室」

居間にあたる御座所。ガラス戸越しに松林を望める

 駿河湾沿いに立つ皇室建築の木造平屋住宅。潮騒と松林に囲まれた一帯は、日本の近代史を感じる空間だ。

 松林の一角に「沼津御用邸記念公園」が広がる。皇室ゆかりの歴史とともに、駿河湾や富士山を望む自然景観が評価されて国の名勝に指定されている。

 沼津御用邸は1893(明治26)年、当時皇太子だった大正天皇の静養を目的に設置された。本邸は太平洋戦争時の空襲で焼失したが、西付属邸や東付属邸などは当時の姿を今もとどめる。1969(昭和44)年に御用邸としては廃止され、国から土地などを借り受けた沼津市が記念公園として整備・管理して公開している。

 温暖な気候で自然豊かな沼津は、1889年に東海道線が開通して停車場ができると、多くの別荘が建てられるようになった。西付属邸は本邸の西隣にあった川村純義伯爵(昭和天皇、秩父宮の養育係)の別邸を買い上げ、親王滞在の御用邸として1905年に設置された。

 皇居にあった建物を移築して皇族が過ごす御座所のある御座所棟を増築し、その後、車寄せのある玄関棟やビリヤード台のある御玉突所棟なども建て増した。

 元宮内庁職員で建築史家の浅羽英男さん(82)によると、御座所棟は西日を避けるためか、旧川村邸と比較してやや南向きに建てられた。また、外廊下がつけられ、より過ごしやすいようになっているという。

 車寄せのある玄関を入り、順路に従い、旧川村邸側の御食堂や謁見(えっけん)所などを見て回る。渡り廊下を通ると居間にあたる御座所に至る。畳にじゅうたんを敷いた空間に、テーブルを挟んで長椅子と安楽椅子が置かれている。

 外廊下の一面のガラス戸から明るい光が差し込み、庭の向こうに松林が広がる。建物から当時は海が見渡せたはずだが、今は津波に備えてかさ上げされた防潮堤があり、海は見えなかった。

 浅羽さんは「明治時代の典型的な皇室建築」と言う。車寄せの屋根はやや膨らんだカーブの「むくり」がみられ、柔らかな印象を与えている。

 松林を渡る風の音が心地よい。園内からくっきりと見事な富士山が望めた。

(鈴木芳美、写真も)

 

 DATA

  設計:旧宮内省内匠寮ほか
  階数:地上1階(一部2階)
  用途:御用邸
  完成:1906年(御座所棟移築)

 《最寄り》:沼津駅からバス

 

建モノがたり

 徒歩約20分の「沼津市芹沢光治良記念館」(☎055・932・0255)は、現在の沼津市我入道(がにゅうどう)出身で「人間の運命」などで知られる作家芹沢(1896~1993)を書籍や原稿、写真などで紹介している。建物は菊竹清訓設計の鉄筋コンクリート造り2階建て。(前)9時~(後)4時半(入館は30分前まで)。原則(月)と(祝)(休)翌日休み。大人100円。

2026年3月17日、朝日新聞夕刊記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください。

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