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アートリップ

苔(こけ)物語 
井上葉月作(愛媛県伊方町)

緑の壁に込めた夢

苔物語の1作目「ちっちゃな世界」。こびとの気持ちを想像しながら制作=井本久美撮影
苔物語の1作目「ちっちゃな世界」。こびとの気持ちを想像しながら制作=井本久美撮影
苔物語の1作目「ちっちゃな世界」。こびとの気持ちを想像しながら制作=井本久美撮影 擁壁を傷つけないよう、プラスチック素材のロックミシン用の糸の芯を愛用する井上さん=井本久美撮影

 四国最西端の佐田岬半島。野分き立ち、ほのかに色づきはじめた柑橘(かんきつ)が防風垣に守られながらも揺れていた。

 全長約50キロ、細長い半島の中央辺り。伊方町三机(みつくえ)地区の山道を進むと、擁壁に描かれた高さ約2メートルのキノコの家が現れた。びっしりと壁を覆い尽くす、緑の苔のキャンバス。まるでおとぎの国に誘(いざな)われたかのようだ。

 作者は、同町在住の雑貨作家井上葉月さん(36)。町の至るところにある苔むす壁を見る度に、何か活用できないかと思案。誰もが参加できるアートプロジェクト「苔物語」を思い立ち、2015年に役場の許可を得てスタートさせた。参加ルールは三つ。明るい気持ちになる絵、言葉は描かない、それぞれの作品をつなぐために土管の絵を添える、ことだ。

 活動は徐々に広がりをみせ、現在町内に5作品が点在する。地元の中学生が卒業記念に町のシンボルの風車を描いたり、住民らが温泉施設へ向かう道に、頭に湯けむりが上る地元のゆるキャラを描いたり。訪れた人々の心を和ませている。

 「月日が経つと消えてしまう苔物語。でも、形あるものが風化するわびしさを伴わないところが魅力かもしれません」と井上さん。夢は、いつか一流アーティストが苔物語に足跡を残してくれることだと、手つかずの苔のキャンバスを前に笑う。

(井本久美)

 伊方町

 四国から九州の大分・佐賀関へと真っすぐに伸び、「日本一細長い半島」として知られる佐田岬半島に位置する。南の宇和海側はなだらかな白砂が連なり、北の瀬戸内海側は美しいリアス式海岸。年間平均気温は16度と温暖ながら、「風の町」と呼ばれる通り、平均風速は4.4メートルと風の強い地域だ。町の随所に、強い海風と潮を防ぐ石垣が築かれ、この地特有の景観が広がっている。

 《アクセス》八幡浜駅から車で35分ほど。


ぶらり発見

きららアクアリウム

 八幡浜駅から車で25分ほど、道の駅・伊方きらら館(TEL0894・39・0230)には、柑橘を中心とした町の特産品が豊富に並ぶ。2階の「きららアクアリウム」では、近海に生息する魚たちとバーチャルで触れあえるデジタルアート空間が広がる=写真。人の動きに反応する仕組み。午前9時~午後5時半。

 道の駅から車で約20分。網元経営のしらすパーク(TEL0120・133・004)では、新鮮な「生しらす丼」(900円)が人気。午前9時~午後5時(食堂は10時~3時まで)。(火)休み。

(2018年10月2日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

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