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美博ノート

「富嶽」

名山巡礼(古川美術館)

 


美博ノート
紙本着色

 

 濃藍色の空――白雪が覆う山容には、金雲もたちこめる。本作は、自然風景の豊かな表情を端正に描く日本画家、中路融人(なかじゆうじん)の作品だ。

 ほぼ3色で表現された富士の山だが、崇高さをまとい、神秘的な雰囲気が漂う。山頂には雪煙が描かれ、過酷な山の環境もうかがえる。

 「山頂の雪煙は、仙人か龍の仕業かもしれません」と話すのは、学芸員の早川祥子さん。神聖な富士の頂には、仙人が遊びに来たといい、龍が棲(す)みついているとも伝えられた。徳川家康に仕えた江戸時代初期の文人、石川丈山(じょうざん)が詠んだ詩「富士山」に、そのことを表した一節がある。

 また、丈山は冠雪の山容を「白扇倒(はくせんさかしま)に懸かる」とうたい、白絹を張った扇面を逆さまにつるしたようだとも書いている。本作は、まさしくその姿を捉えているかのようだ。

(2017年2月14日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

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