五十三次 府中
日暮れて間もない時分、遊郭の入り口で、ちょうちんを持った女性と馬上の遊客が言葉をかわす。馬の尻にはひもでつるされた馬鈴。「りんりん」とリズム良く響かせながらやってきたのだろうか
風景が中心の「東海道五拾三次」の中で、室内をテーマにした珍しい作品。赤坂宿(現愛知県豊川市)の旅籠(はたご)、大橋屋が舞台だ。「内部をのぞき見るような描写で、臨場感があります」と学芸員の鏡味(かがみ)千佳さん。
前景中央に蘇鉄(そてつ)と石灯籠(いしどうろう)を配し、左右に異なる情景を描いている。左側には、座敷に寝転んでくつろぐ旅人の姿。体のこりをほぐす按摩(あんま)や食事の給仕をする女性らとともに、あんどんや手ぬぐい掛け、たばこ盆などが描かれ、当時の風俗が垣間見られる。一方、右側には布団が積まれた部屋で、蠟燭(ろうそく)のあかりのもと身支度をする飯盛女たち。
大橋屋に実際に泊まったといわれる広重。旅の疲れを癒やし、次の道中への活力を蓄える。そんな旅籠の魅力を余すところなく伝えている。