蕪(かぶら)と茄子(なす)
戦後の京都画壇を代表する山口華楊(かよう)に学んだ日本画家、岩倉壽が亡くなる3年前に描いた本作。
岩倉壽と同年代で、高校、大学と教壇に立ちながら日本画の制作を続けた烏頭尾精(1932~)。学生時代から変わらず、鳥を画題としてきた。多忙な教員生活を送りながら同じ題材を長く描くうちに、画業を象徴するモチーフとなった。
以前は地面にたたずむ鳥を強い色調と激しいタッチで描いていたが、本作を描いた1970年頃から青や緑が多く使われ、鳥が空を飛び始める。烏頭尾によると、初期の絵は、終戦後の混乱の中で悪戦苦闘する師の姿や社会から多くを得て描いていたという。だが、高度経済成長期になると、「時代の高揚感が絵にも表れたそうです」と学芸課長の鬼頭美奈子さんは話す。
現在も作家宅の居間にある本作。似た構図の作品は複数あるものの、作家にとって特別なのでは、と鬼頭さん。「1羽の鳥を時間差で描いたようにも、複数の鳥が群れて飛ぶようにも見えます。躍動感を味わってもらえたら」