「ギレルモ・デル・トロのピノッキオ」(2022年) 戦争の爆撃で亡くなった息子が残した松ぼっくりが木となり、その木から作った人形に命が宿る。イタリアの児童文学作品「ピノッキオの冒険」を元に、ギレルモ・デル・トロがストップモーションアニメにしたダークファンタジーです。
「コントロールできないものにパッションがわく」。画家で東京芸大大学院在籍の友沢こたおさん。彼女の軸には、石井聰亙(現・岳龍)監督の映画「狂い咲きサンダーロード」があるようです。朝日新聞4月21日付夕刊紙面「私の描くグッとムービー」欄に収めきれなかったお話をお届けします。(聞き手・島貫柚子)
――映画の制作が1980年、友沢さんは99年生まれとのことですが、映画を知ったきっかけは?
友沢 中学生ぐらいの頃に、「悪そうな映画気になるんだけど、おすすめ教えて」って母に言ったら、「狂い咲きサンダーロード」を教えてくれました。多感な時期だったというか、ヤンキーとか、暴走族ってかっこいいなって。自分はいい子ちゃんでしたし、育った東京・吉祥寺では、ヤンキーが遠い存在でした。レンタルして初めて見たんですが、すごい衝撃でしたね。1回見ただけでは脳が追いつかなくて、「もう1回見なきゃ!」って気持ちになって。その日だけで4回も見てしまいました。レンタル期間の一週間は、毎日そんな感じでしたね。
■全て好き。ラスト0.1秒まで
――ハマると結構繰り返す方ですか?
友沢 そうかもしれない。一人っ子なので、気が済むまでみたいなところはあります。
――あらすじを友沢さんの言葉で教えていただけますか。
友沢 暴総族チーム“魔墓呂死”のトップ健さんが、女ができたのを理由にチームをやめることになります。「これからは他の連合と一緒に“エルボー連合”として、愛される暴走族になってくれ。俺はいなくなるから」みたいな。“魔墓呂死”の特攻隊長・仁さんっていうのが「そんなの嫌だ!俺たちは“魔墓呂死”の特攻隊員だ!」って猛反発。そっからチームがめちゃくちゃになります。“魔墓呂死”として残ろうとした少数派は、“エルボー連合”からの激しい弾圧にあうので、めっちゃ頑張って逃げたり、政治結社に入ってみたり。だんだん仲間も仁さんの元を去っていくけど、仁さんは男をやり通すだけ。ヒーローの話ですね。ただの映画じゃないなって感じます。
最初から最後の0.1秒まで全部好きですね。セリフがいいんです。Twitterに「狂い咲きサンダーロードbot(@Crazy_thunder_)」っていうのがあって。Twitterはもうあんまり見ないけど、それは「いいね!」しちゃいますね。あと曲もいい。PANTA&HAL「つれなのふりや」は、映画の挿入歌で1番好きですね。
――イラストを描く一本なら、この映画だと決めていましたか?
友沢 「説明できないけど、本当に好きなんだよなぁ」って感じの映画。そういう、うまく言えない気持ちこそ、「描きたい!」ってなるんですよね。
――イラストを描くとき、こだわったことは?
友沢 ちょっと荒れてる感じを出すために、アナログとデジタルを行き来したり、綺麗に見せるためのエッジを効かせたり。iPadで描きました。いつもの油彩画とはまた違って、好きなだけいじくれるというか。普段できないベクトルで、楽しみながら描かせていただきました。
赤ちゃんの時からずっと、絵ばっかり描いてたみたいです。「絵を描くことが仕事になればいいな」っていうのは思っていました。
■スライム、油絵の具……勝手に生まれる形
――友沢さんの作品といえば、スライムで覆われた人物画です。その画風に至った経緯を聞かせてください。ご自身もスライムを頭から被ったのですか?
友沢 友達が家に置いてったのを、気づいたら裸で被ってました。100円ショップとかに売ってるようなスライムなので、そんなにおっきくはないんですけど。タイミングは偶然でしたが、いつか被ってたんだろうなとは思いますね。やっぱり、何かから解き放たれようとしているんだと思います。スライムは、形が常に定まらないもの。1秒も同じじゃないのは面白いですね。自分の気質がスライムっぽいので、相棒みたいな感じもあります。
――油彩画の制作では、納得いく色を求めて、絵の具を3時間ぐらい混ぜることもあるそうですね。
友沢 そうですね。油絵の具は乾かないからこそ、ずっと混ぜてられるんです。自分を待っててくれる。予測しない動きばっかりする。触れば触るだけ動いていくので、意識でコントロールできるもんじゃないんです。その行き来に集中してる時に、勝手に生まれる形が面白いですね。自分が綺麗だと感じる色を追求したい気持ちはいつもあって。乾いても、「この色が好きだ」と感じた色から、あまり変わらないのも油の魅力です。
――友沢さんの感情と色はリンクしているのかなと思うのですが、胸の内にあるものは、どんな色だと思われますか?
友沢 色と呼べない色みたいな。心の色というか。なんか集ってますね。普段の絵では結構綺麗な感じを出してるので、もっとバイオレンスな色かもしれません。
100号とか、でかいキャンバスに描く方が好きなんです。ちっちゃいと色々と訳がわかってしまうので。訳がわかったらつらくなっちゃう。「訳わかんないけど、描いてるわ」ぐらいがちょうどいいんです。自分でコントロールできないぐらいの方が、パッションが出るんじゃないかなと。
――アトリエを拝見すると人物画が多いですね。友沢さんのテーマは「人物」?
友沢 物事の中心にあるのは、「五感」だと思ってまして。顔は五感が詰まった場所なので、顔は語る。そこに働きかけるっていうのを無意識にやってますね。
――友沢さんは、変態性を出したいとか?
友沢 はははははは! 人に迷惑はかけちゃいけないんですけど、なあなあにするんじゃなくて、追い求めたいなって気持ちはあります。そんな「変態」は楽しいと思います。
――注目されることや、「新進気鋭」などとカテゴライズされることに関して、いかが思われますか?
友沢 あんまり考えないようにはしてますね。ありがたい話なんですけど、正気になったら恐ろしい話ですし。やりたいことをやってるだけなので、仁さんのようにありたいなって思います。
以下、友沢さんのアトリエにて「狂い咲きサンダーロード」鑑賞 ※ネタバレあり
(冒頭)
友沢 もうかっこいいですね!出だしから。画面がモワッと荒い感じが気持ちいい。バイクはあるけど、仁さんはいない。コンディションによっては、これ見るだけで泣いちゃいます。ネオンの色も渋いですよね。心の中で思い出すと、バイクのライトがいつもチラチラ光ってるんです。
(スナック「クロコダイル」での健と典子の会話を吹き出し形式で)
友沢 あ、世界一いらないシーン(笑)。ほんとにいらないよーって思うんですけど。いらなさがまた面白い。「典子ッ!」。この、ちっちゃい「ツ」がいいんですよね。
(小林稔侍さん登場)
友沢 ああー! この登場シーンも大好き! 変なやつがいるよ!って。撮り方とかわけわかんないんですけど、なんかこれじゃないと嫌だって気持ちになるんです。小林稔侍さんが「お前たちが好きだ!」みたいなことを言うのも好きです。
(敵に連れ去られた仲間のユキオを助けに。仁さんが士気上げする最中に女がアジトに入ってくる)
友沢 誰やねんみたいな女に「あんたら確実に死ぬよ?」って言われる。それもいい。仁さんの振り向きざまの効果音!このブルルルルって音も深いですね。人間がたぎっていく音がします。
(そして、「面白えじゃねえよ!やってやろうじゃねえよ!」と仁さんが吐き捨てる)
友沢 かっこいいですね。絵が絶対間に合わないとか、物理的にこれ全部やったら死ぬかもしれないとかどんな困難が起きても、自分も「面白いじゃねえよ!やってやろうじゃねえよ!」って思えるんです。生きてやるんだ!っていうストレートな姿に、非常に勇気をもらえますね。
(小林稔侍さんに助けられた仁さんがスナックに現れて、「酒くれよ。一発であの世行けるやつな」)
友沢 このセリフも大好きです。素晴らしいですね。
(仁さんが政治結社に入団)
友沢 ここから鍛錬が始まりますね。仁さん頑張れ!って気持ちになってしまいます。
(不満を訴え、政治結社から退団)
友沢 もう自由になりましたね。でもやっぱり、どんどん大変なことになっていく……。
(仁さんは暴行に遭い、起きたら右手脚を失っていた。そして、病院から退院する)
友沢 ここで「つれなのふりや」が流れるのが、もうアツすぎますね…。時間の伸び縮みを意識させます。
(赤い部屋のシーン)
友沢 自分の一番好きなシーンです。仁さんが、ブルルルルルってバイクのハンドルをにぎってる。めちゃくちゃ部屋が赤いんですが、実際はそうじゃないんだろうなって。仁さんが赤くなってるんだと思うんです。ここはもう、直前の「つれなのふりや」から、仁さんへの感情移入が半端ないです。少し前に、大画面で見てたんですけど、自分も一緒に赤くなっちゃって。この赤さは、この「赤」としか言えない。「狂い咲きサンダーロード」といえば、このシーンですね。
(ラストバトル目前)
友沢 あ、出ましたよ!私の推しキャラ。ツッパリの小太郎さん。声とか喋り方とか、サンダーロードみたいなところにいた子なんじゃないかっていうような仕上がり。描いたイラストは、ツッパリの小太郎さんです。
(ラストバトル)
友沢 ここからはもう、血汗涙の戦いですね。ここでも、ツッパリの小太郎さんが圧倒的にかっこいい。
(そして、「バイク持ってきてくれよ」の名シーン)
友沢 ここ好きです!かっこよすぎませんか?シビレますよね。男ってかっこいいってなっちゃいます。ブレーキはもういらないんですよね。本当に、ヒーローのお話ですね。自分と同い年ぐらいで、こんなにたぎりまくってる作品を作った方がいるっていうのは、震え上がる思いです。
趣味をきかれたら映画鑑賞と答えていますが、もっとコアなのは「人間観察」だろうなと思います。観察というよりは、推測かもしれません。カフェにいる時や、電車に乗っている時、居合わせた人の会話をそれとなく聞いて、年代や性格、間柄なんかを考えます。
少し前のことですが、JRの車内で2人組の会話が聞こえてきました。日曜日の夜ということもあり、話しているのはAとBだけ。お風呂好きというAが、長風呂をしたエピソードを話し始めました。聞き手のBはややキツイ返答。2人の関係性を考えていると、Bが「そんなに風呂が好きなんて、しずかちゃんかよ」。とユニークな返し。うつむいていた私は、「2人の年齢はいくつぐらいだろう……?」と、妄想を膨らませました。2人は私より早く降りる様子です。私は去り際の2人をちらりと見ることができました。
見たところ30~40代の男性2人組で、Bは恰幅のよいルックス。その彼の頭の引き出しに「ドラえもん」がいたことに、ギャップを感じた自分にハッとしました。聴覚ではなんら違和感がなかったのに、視覚から情報を得ると、ずいぶんバイアスがかかっていたことに気づかされました。
こんな話を書いたのは、「友沢さん」でこの妄想ゲームをしたら、答えにたどり着けないだろうと思ったから。「20代女性」が答えなのですが、ご自身をスライムっぽいとたとえていたように、友沢さんは変幻自在な印象なのです。知的な話しぶりは「年上」を想像させますが、好きなものを語るときは「年相応」っぽい。言葉遣いは「上品」だけれど、ときおり「ラフさ」が垣間見える。豊かな語彙は「人生経験」と結びつけたくなりますが、映画を見るときのはしゃぎ方はまるで「こども」みたい。性別とか、年齢とか、バックグラウンドとか、たやすく「#」でくくれない人が友沢さんだろうと思います。
映画「狂い咲きサンダーロード」は、ジェットコースターのようだと感じました。重力から自由になれるというか。自分の中の何かが壊れるというか。公式キャッチコピーは「ロックンロール・ウルトラバイオレンス・ダイナマイト・ヘビーメタル・スーパームービー」。本当にこれ以上の表現が見つかりません。芸術性、音楽、エネルギーは★★★★★というようなパンクムービー。この映画しか味わえない気持ちがあります。
(島貫柚子)