「すばらしき世界」(2021年) イラストレーターのRYOOOOOJ!さんの心に残っている映画は「すばらしき世界」です。
SNSに絵文字漫画を投稿する、性別年齢非公開のクリエーター・キョウソちゃん。ダメ元でDMをお送りすると「わたしでよろしければ」という連絡が。「アポロ」を読んだときから絵文字漫画のファンです。勝手なことを言えば、絵文字漫画の枠を越えてアニメでも作ってほしいと思っています。そんなキョウソちゃんが、「たぶん死ぬまで見る映画」と形容するのがカンヌ国際映画際でカメラ・ドール(新人監督賞)などを受賞したトラン・アン・ユン監督の「青いパパイヤの香り」。ベトナムに誘われるようなその映画の魅力、キョウソちゃんの生態に迫ります。(聞き手・島貫柚子)
――キョウソちゃんがグッとムービーに選んだのは、「青いいパパイヤの香り」。あらすじを教えてください。
1950年代、まだ統治時代の名残の残るベトナム、10歳の少女ムイが裕福な家庭に奉公にやってきます。前半はお手伝いの中で描かれる奉公先の家庭の日常がテーマです。最終的に「別の奉公先に行きなさい」っていうところでムイは家を追われてしまい、物語は後半へ。ここからはムイ、ムイの初恋相手、その恋人の恋愛模様が描かれます。
――「青いいパパイヤの香り」をPrime videoでダウンロードしているので、今から流してもいいでしょうか。
(鈴虫の鳴き声。琵琶の音。笛の音)
――時代背景もありますが、10歳で奉公にやってくるムイは苦労人ですね。私はこの辺りの音楽でベトナムに誘われました。
ちょっと不安げなBGMですよね。エンターテインメント映画とはもう全然違う。この映画はドキュメンタリーに近いところがあります。
(ムイが奉公先に到着。使用人の先輩に「ムイです」と名乗る)
ここいいなあ。よく考えたらタイトル出る場所、最高ですね。すごいな。ムイがやっと奉公先に着いたので、安心した雰囲気の前衛的な音楽に変わりましたね。
(琵琶の音。鈴虫の鳴き声)
奉公先のご主人が出てきましたね。こういう調度品もいいな。このご主人はずっと琵琶を弾いていたり、来客と一緒に演奏したりめちゃくちゃ風流なんですよね。ただ、働かない。しまいにはお金を持って、ふらっと出て行っちゃう。なんかお香の香りがするんですよね。この映画を見ていると。
――こんな感じでカメラはずっと柵越しの視点ですよね。覗いたり・覗かれたりするような感じがします。
(先輩に教わりながらムイが初料理を作る。鍋で青菜をジューッと炒める音。鳥のさえずり)
――いいですね。おいしそうです。本当に匂いが伝わってきますね。
野菜をカットする一連の流れをずっと撮るのもすごくいい。見入っちゃうな。すごくいいですね。気温とかも感じます。ちょっと蒸しているけれど不快ではない感じの暑さ。それがムイの汗ばんでいる感じから伝わってくる。このシーン、腹が減るなあ……。
――ベトナム料理が食べたくなってきますね。
内容がシンプルだから、そういうところにすごく目が行きやすいですよね。
(ムイが掃除していると、奉公先の三男がイタズラに)
――始まりましたね。三男が掃除をしているムイにイタズラに。次男が止めに入る。でも次男は次男で問題を抱えていますよね。
三男の子は新しい使用人(ムイ)が気になってしょうがないんでしょうね。次男は、虫をピンで止めたりアリを蝋で固めたり。ああいう描写は凶暴性を感じるんですけど、どうなんだろうな、歳相応なのかもしれない。何もしない父親への不満を露わにしている気もしますね。
(コミカルなBGM)
――この辺りの音楽はどこかジブリ的ですね。「となりのトトロ」って感じです。
本当ですね。予想以上にトトロですね。こんなに「久石譲」感が……。
(ムイにおならをひっかける)
かいつまんで見ることが多いんですが、大体この辺で一区切りです。すごくいいシーンが濃縮されているんですよね。ご主人が弾いている琵琶の音色、虫の鳴き声、翌朝ムイが鳥のさえずりで起きるときのあの空間の感じとか。音楽がほとんどない。自然音がずっと流れている感じです。
(ムイがまた三男の子にちょっかいを出される)
――トカゲが壺から出てきて割れてしまうなんて。気に入っていた壺なのに……。この壺、後々売りますよね。お父さんが財産を持って出て行ってしまったから、奉公先の一家がお金に困って。
そうなんですよね。この後壺を売りに行くと、(店の人から)言われるのが、「ペアじゃないから安くなっちゃう」。
(カエルの鳴き声。鳥のさえずり)
――ムイが大人になりましたね。家から追い出されてしまう。悲しいなと思いました。
(物語は後半。ムイが初恋相手の男性の家の使用人として働く)
前半の木質の感じとはまた違うインテリアですね。ここも格子ごしのカメラワーク。青が基調のカラフルな家が舞台に。
(ムイが口紅を塗る場面を奉公先の主人(初恋相手)に見られる。家の中を逃げるムイ、追いかける初恋相手)
当時、ムイというか使用人の女性は教育を受けられなかった。彼女の憧れであったり幸せであったりが、語られはしないですけど普通に溶け込んでいて、それが日常になっている。やっぱりエンターテイメントではないところが好きですね。文化とか歴史とか、そういうものを見る感じの映画です。
――たしかにそうですね。台詞もそんなに多くないですし、語るべきは演技でという感じがします。
(ムイ、初恋相手はまだ家の中で追いかけっこ状態)
――今こうやってムイが隠れてますけど、絶対に初恋相手から見えてるだろうなあと思って見てしまいます。
ここは確かにちょっとやり過ぎ感ありますね。
(婚約者女性が壺をたたき割る。めまぐるしいテンポのBGM)
このシーンは結構好きです。ムイの主人の恋人が家具を叩き割っていくのが、すごい感情的だなって。前半の音楽ってたしか現代的なんですけど、後半はクラシック音楽。ムイの初恋相手(作曲家)が弾くラヴェル「月の光」の余韻を、この婚約者がたたき割ります。
――激しさ、みたいな。
そうそう。このあと家の外に飛び出して、ずぶ濡れで泣きながら帰ってしまう。もちろん前半も奉公先の家庭ではいろいろあるんですけど、主人公はムイなのでそれを「外から見ている感じ」がするんですよね。巻き込まれているわけではない。それが後半、10年後になったらもう恋愛模様の当事者に。より感情的に画面が動いているような感じがしました。
◆オープンソース、細かくちぎって編集し
――イラストはどのシーンを思い浮かべましたか。
ムイが料理を運ぶシーンです。カメラと同じように少し遠目から見ている、傍観しているような構図で。ムイも似せてみたんですけど、映画とは服の色は違います。服の色は変更できないので、元々の紫色。幼い頃のムイですね。絵文字をどんどんどんどん、重ねて載せました。原型のTwemojiは「歩く」。Twemoji(ツイモジ)とは、X(旧ツイッター)社が公開しているオープンソースの絵文字のことです。髪の毛は編集していて、前髪を作ったり後ろのポニーテールの部分をちょっと変えたり。
――その他もすべてTwemoji?
そうですね。本当に全部Twemoji。チョウとかヤシの木は若干色を変えたかな。黒い点はアリですね。後ろの木質の建物はイス。そうだ。ブロッコリーも入ってますね。これはホウレンソウ。左下です。制作は3、4時間ぐらいですね。ラフをパッと作って、その後ちょっとぼんやり眺めて1時間ぐらいで全部手直ししました。ベースとして絵文字が全部あるので、めちゃくちゃ簡単なんですよ。わたしは、編集しているだけ。普段作っている絵文字漫画も、今まで見た映画の内容とか、そういうのをすごく細かくちぎって編集しています。
――絵文字漫画を作るうえで、「青いパパイヤの香り」から影響を受けているところは。
全体から見た構図とか、流れだったりを参考にしています。ジャンルとしてはもちろん最近のスプラッター映画の影響が大きい。あとはホラーとかSF。でも全然違うジャンルの映画が生きているところもあって、たぶん一番の隠し要素は、「青いパパイヤの香り」なのかな。
◆変なネタ、思いついたら引き延ばす
――肩書きは普段はどう書いていますか。
普段……。なんだろうな。困りましたね。内容的には、絵文字を使った二次創作をしています。
――絵文字漫画「アポロ」を読んだときに衝撃を食らいました。今日こうやってお会いしていますが、まだ現実味がないですね。
こちらこそ声が掛かるとは思っていませんでした。正直ここに来るまでは半信半疑でしかなかったです。
――それをネタに絵文字漫画を描いてほしいです。絵文字漫画を始めたのは、いつごろでしたか。
2021年の12月頃ですね。一時期SNSで絵文字を組み合わせて作るムーブメントみたいな時期があったんですよね。絵文字で漫画のーコマを再現する人や、キャラクターを作る人。特にナンセンスな大喜利みたいな画像を作る人もいて。その中で突出して面白いものを作る人がいて、それこそアートの域で作っているクリエーターさんが。いい意味で毎回気が狂ってるんです。細かい技術も本当にすごい。それを真似してなんとかしようとした結果、これになりました。ジョークのつもりで作った絵文字漫画が意外と人気が出たので、調子に乗った感じですね。
――アカウント名を漢字「教祖ちゃん」からカタカナ「キョウソちゃん」に変えた理由は。
ペーパーバックを作っているときに、教祖ちゃんだと表紙と馴染みが良くなかった。1年前ぐらいは狂ったような速度で絵文字漫画を作っていましたね。「新世界より」は40分ぐらいかな。殴り書きですね。 オチも考えずにバッとスタートします。行き当たりばったり。大体終盤になってどう落とすかを少し考え始めて、強引に締めているような感じですね。
――ネタは日頃から考えているんでしょうか。
比較的そうですね。変なネタを思いついたら、引き延ばす。引き延ばして、よくある起承転結にかぶせてくようなイメージです。前作るやつとは少し話を変えているような感じもありますね。前回悲しい話だったから、今回は明るい話にしよう。自分の中ではちょっと景色を変えています。
――ハッピーエンドもある?
ちょこちょこあります。「新世界より」とか。新世界を探して旅をしてると、船が沈み始めてしまう。浮かぶために、船の中にある脳を食べて浮上する。めちゃくちゃな理論ですけど、よく見ると筋は一応通ってる。ギリ読めるっていう感じです。
――ネコが毛穴で暮らす話も読みました。
「おやすみニャー子」ですね。あれは自分の中でも好き。「老人の海」と同じぐらいバットエンドですね。
――タイトルがおぼろげなのですが、主人公がお母さんに「大根がどうの」ってlineする話……。
「On The Screen」ですね。なんか新しいことやろうかなと思って、全編SNS画面だけ構成しました。表現をかなり頑張りました。
――いままで作った絵文字漫画で気に入っているものは。
「老人の海」。タイトルは有名な小説とかからインスパイアを受けています。
◆切り取って連続して繫げて描く日常
――「青いパパイヤの香り」、どんなときに見たくなりますか。
ものすごくリラックスしているときですかね。22、23時ごろ、お酒を飲んでぼーっとしているときに、ふと見たくなる。もう何年も数カ月に一回のペースで見ていますね。
――空間の撮り方が気になったとのこと、詳しく教えてください。
あの映画で特徴的なのが、建物の外側から主人公を追っかけて、そのままずっと横移動しながら撮影するカメラワーク。あれがなかなか面白いです。あとは不思議なシーンというか、なんでここ使ったのかなみたいな場面が結構あります。
――たとえばどんなシーンでしょうか。
ムイが料理を運ぶ場面だったりとか、主人公が虫を見つめるようなシーンだったりとか。本当に日常の細かい部分を切り取って、連続して繋げて日常が描かれていく。当時の私にはすごく新鮮でした。それまでは、それこそ「スター・ウォーズ」みたいなエンターテイメント寄りの映画ばかり見ていたので。無駄がなくシナリオ通りに。ストーリー展開に合わせた場面を短く並べたりカットを多用して進んでいく。
――この映画には、食事を作る・食べるなどのシーンがあります。キョウソちゃんの絵文字漫画も人間が何かに食べられる描写がよくある。「食べる」という切り口で、この映画から感じたことは。
めちゃくちゃ食欲をそそられる。ムイが先輩のお手伝いからコツを教えながら料理をするところは、匂いも感じますし、パパイヤをスライスしているシーンもいい。あのシーンは本当に五感をすごい想起させますね。本当に、ずっと五感を刺激してくる映画。ムイの料理シーンは必見です。
◆虫5匹、吸った掃除機振り回し
――キョウソちゃんの絵文字漫画には、よく生き物が出てきます。カルガモ、カタツムリ、猫……。「青いパパイヤの香り」も生き物がよく出てくる。この辺りも映画を好きな理由なのかなと予想していたのですが、いかがでしょうか。
生き物は好きですね。特に虫が。でも初めて「青いパパイヤの香り」を見たときは虫は好きじゃなかった。テントウムシって、どういうイメージがありますか?
――どちらかというと、かわいい。
かわいい、か。わたしにとっては、虫臭いですね。出身が都会ではなかったので、虫がよく出たんですよ。春とか秋になるとナナホシじゃない、黒くて赤い点々みたいな、ああいったのが干している布団の間に入っていたり、網戸の隙間から入ってきたり。気が付くと家の四隅とか虫が 5匹固まっている。めちゃくちゃ気持ち悪い。見つけたら掃除機で吸っていたんですけど、そうすると掃除機が今度臭くなって出てくる匂いが吐くほど気持ち悪い。ある日あまりにも増えたんで、わたし半狂乱になりながら掃除機を振り回して部屋で吸いまくって、大暴れしました。それぐらい虫が嫌いだった。しばらくして、50センチぐらいの四角の1枚の折り紙から作るコンプレックス系の折り紙にハマって、そこから虫の面白さに気がついて、異常に虫にハマりましたね。
――「青いいパパイヤの香り」、キョウソちゃんにとってどんな映画でしょうか。
たぶん死ぬまで観る映画ですね。見るたびに、見るポイントとか鑑賞後の感覚が異なっているので、今後年を重ねて自分がどういう立場に変わるかは分からないですけど、その時はまた別の感想を持つんじゃないかな。噛めば噛むほど、ともちょっと違うんですけど、自分の人生をかけて向き合っていきたい映画ですね。
キョウソちゃん 性別年齢非公開。インスタグラムは@godvsninja。「EMOJI MANGA vol.1」をKindleで販売。「顔出し(取材)は初めて」。グッズ販売も。
グッとムービー
https://www.asahi-mullion.com/column/article/dmovie/5868