「ギレルモ・デル・トロのピノッキオ」(2022年) 戦争の爆撃で亡くなった息子が残した松ぼっくりが木となり、その木から作った人形に命が宿る。イタリアの児童文学作品「ピノッキオの冒険」を元に、ギレルモ・デル・トロがストップモーションアニメにしたダークファンタジーです。
軽やかなタッチの少女のイラストが特徴的なイラストレーター・めばちさん。TVアニメのEDアニメーションや衣装設定、書籍、似顔絵イベントなど活動は多岐にわたる。
めばちさんが描く少女は、私たちを見ていない。描かれるのは横顔や後ろ姿が多く、いつも自分ではない誰かを見つめている。2023年度に年間で表紙を担当した『コミック百合姫』のイラストでは、少女のまっすぐさや複雑な感情、人間関係が静かに描かれており、唯一無二の世界観が表現されていた。
インタビュー【Part.2】では、TVアニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』などアニメの仕事についてのお話から、めばちさんが描く少女像、似顔絵イベントのきっかけなどについて聞いた。
(聞き手・笹本なつる)
映画『レディ・バード』についてのインタビュー【Part.1】はこちらから。
※どちらからでもお読みいただけます。
――普段のお仕事について教えてください。
アニメのお仕事とイラストのお仕事、両方の軸があると思っています。
たとえば、TVアニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会(以下、虹ヶ咲)』では、作中でキャラクターが着るステージ衣装や私服の衣装設定を描いたり、エンディングのムービーを作っています。
ほかにはキャラクターデザインを担当している作品もあります。アニメのお仕事は作業時から発表が数年後になるものも多いので今なんの仕事をやっているか人にお話しすることが難しいです。あと、アニメのお仕事は集団作業なので、ここを私がやりましたとはっきりと言いにくいというのもあります。デザイン画のみなど、自分の絵が直接世の中に出ない仕事の方が多いです。
イラストの仕事は様々で、本の装丁や、教科書や学習書に載せるイラスト、アイドルやアーティストさん、版権キャラクターのグッズのイラストなども描かせていただいています。
こういったお仕事の絵を描きつつ、個展やイベントに参加して自分個人の作品も制作しています。
■一番大切なのは「キャラクター本人が着たい服」
――アニメなどのお仕事をする中で、考えていることはありますか?
自分の絵が参加する作品のノイズになっていたら嫌だなと思います。自分の絵は出なくていいから、その作品にとってプラスになるいい仕事をしたいという気持ちで参加しています。
『虹ヶ咲』ステージ衣装ではキャラクター本人が着たいと思う衣装ってどういうものだろう…と思いながら考えています。どうしてもどこかに自分の趣味は入ってしまうのですが、案をいくつか出してスタッフのみなさんと話し合いながら作り上げていくことが多いです。
私服も、すべてではありませんがアニメの基本の設定は私が担当しています。数カットしか映らないときなどは作画担当の方がデザインから描いていたりするのでやはりみんなで作っているものと言いたいですね。「キャラが選んで着てる服だもんな」と思うと、あまりこういうことを言いすぎるのも野暮だなと思ったりします。
■「自分の絵ってすごく癖がある」
――どのような経緯でアニメのお仕事をするようになったのでしょうか?
大学卒業後、一度アニメ会社に入社したんです。中高の美術の先生か教育に関わる仕事がしたいと思い教育大へ入ったのですが、4年の教育実習で「あ、ダメだ」って心がポキッと折れちゃって。中学生の頃からアニメーターにも憧れていたので、その夢を思い切って追うことにしました。それからいくつかアニメ会社の試験を受けて、子供向けの作品を制作している会社へ入社しました。
ただ、やってみたら全然向いてなくて(笑)。
入社後すぐは動画マンとして、原画マンの先輩が描いた原画をトレスしたり原画と原画の間を埋める絵を描く仕事をするのですが、そこで「自分の絵ってすごく癖があるんだ」と初めて気付きました。人のデザインした絵を再現することがあまり得意ではなかったんです。
そこでもう少し踏ん張るべきだったかもとも思うのですが、大学生の頃からイラストの仕事をしていたこともあり、自分の絵柄でできる仕事をした方がいいのではないかと思い数ヶ月で退社してしまいました。ベテランのアニメーターさんがとても丁寧に研修をしてくださったので申し訳なかったのですが、こんな気持ちで自分がずっとここにいる方が迷惑だと思うことにしました。そこで教えていただいたことは今の基礎になっているのでとても感謝しています。
会社を辞めたことをアニメ業界にいる知り合いに話したら、色々な方が現場を紹介してくれて。動画以外にも原画やデザインのお手伝いなど、色々なセクションのお仕事に触れさせていただける貴重な時期でした。最初はそういうご縁のお仕事が多かったですね。
■「めばちさんの絵のままで」監督から言われた言葉
最初にアニメの仕事で大きく自分の絵が出たのは、2018年放送のTVアニメ『三つ星カラーズ』のED(エンディング)イラストだったと思います。アニメ会社を辞めたあと、キャラクターデザイン担当の方から「キャラクターの私服の衣装設定を手伝ってほしい」と声をかけていただきました。
とにかく衣装の数が多い作品でした。1話ごとに3回くらい全員が服を着替えるんです。メインのキャラクターが3人いるので、3人×3で1回分あたり9人分の私服デザインが必要になる。TVアニメ1クール(12話)の合計だと、9人×12話で108人分……。本当にそんなにあったのか正確には覚えていませんが(笑)。
そのときのキャラクターデザインと監督が『虹ヶ咲』と同じ方で、その後『虹ヶ咲』にも呼んでいただきました。以前ご一緒した方にまた声をかけていただけたのはものすごく嬉しかったです。
最初は衣装設定だけで入りましたが、途中で「EDを描いてくれませんか?」と監督に声をかけられて。めばちさんの絵のままでいいからと言ってくださったんです。映像を作るなんて経験はほとんどなかったけど、何故か出来るかもと思えてお受けしました。
自分はアニメーションの動きが描けないのがアニメーターに憧れていた分コンプレックスだったのですが、今まではアニメの絵や動きだけに興味があると思っていたけど、この時90秒の映像を作ろうとした経験のおかげで構成や演出でも自分がやれることがあるんじゃないかと思えるきっかけになりました。
■横顔は「盗み見ている顔」
――好きなモチーフや、よく描くモチーフはなんですか?
言い切ってしまうとつまらないのですが、やはり女の子、セーラー服、海ですかね。
人間を描くのが好きです。人間が好きなのかも。あと、自分自身が女性だということと、今まで関わってきた人や友達も女の子が多かったからかなと思います。
友達の、自分に向けてない顔を見るのが好きで。自分と喋っているときの顔もいいけど、他の人と喋ってるときの顔や教室の窓辺で外を見ている顔を見るのがすごく好きだった記憶があるんです。自分が絵に描きたいなと思うのもそんな表情が多いですね。
――よく横顔を描いている印象があります。
そうですね。目線がこっちに向いてない顔が素敵だなと思うことが多いんです。横顔って盗み見ている角度じゃないですか。自分とは視線も世界も絡み合ってなくて、逆に相手の世界を見ている感じが強く思えて好きです。
――めばちさんが担当された『コミック百合姫』の表紙などは、まさにそういうものを描いていますよね。自分は遠くから2人の横顔を見ているだけ、というアングルだったりして。
うん、離れていれば離れている方がいい。一方的な感情が好きなので(笑)。
お仕事ではキャラクターがこちらを見て笑っているイラストを描かせてもらうことがありますが、どうしてもその表情を向けられている相手やカメラを意識してしまうというか。
そういうものより、相手と一緒にいて「わあ、素敵だな」と思う瞬間の表情や、振り向いた瞬間の顔、動いている瞬間が好きでよく描きたいなと思います。
――セーラー服についても教えてください。
自分が着られなかったので憧れです。あと単に描きやすいし、襟が風でめくれたりするのも可愛くて描いていて楽しいです。
あと、スカートを描くのもすごく好きですね。スカートそのものが好きというより、スカートを描いている瞬間が気持ちいい。しわの長い線をびっと一発で引けたときの快感がすごく好きです。
アニメーターの方が描く絵に憧れていて、自分も動きのある絵を描きたいとずっと思っています。中学生の時『電脳コイル』のヤサコ(主人公)が走っているときのプリーツスカートを初めて見たとき、頭に衝撃が走ってそこから執着が始まった気がします(笑)。
■学校がすごく好きだったけど、すごく嫌いだった
海をよく描くようになったのは簡単だからです。昔から背景を描くのが本当に苦手で……、今も自信がないです。
人を描いて後ろに1本の線を引くともう海の絵になるんですよ。すごくないですか?(笑)。水平線を描けば海になる。基本的に面倒くさがりで集中力がないので、すぐ描き終わる絵が好きなんです。
最初はそんな理由でしたが、描き続けるうちに海そのものも好きになっていきました。
海岸に立ったときの感覚がすごく好きで、途方もなく遠くまで広がってる気もする一方で、世界の端っこ、終わりにいるような気もする。それが、自分が思春期に思っていた「自分がどこに立ってるのかよくわからない」みたいな感覚に近いところがあって、自分が描きたい年頃の女の子の気持ちと相性がいいんです。ずっと学生時代に囚われてるような感じがあるので、そろそろ抜け出したい気持ちはあるんですけど……(笑)。
今回好きな映画の候補にも挙げていたのですが、主人公のタエ子のように自分も『おもひでぽろぽろ』を繰り返してしまいます。ふとした瞬間に小学生から高校生までの自分が出てきてずるずると当時の気持ちを思い出します。私はそれを絵にできるからまだいいんですけど、描いてなかったら結構やばい人間なのでは……と思ったりもします(笑)。
具体的なことはあまり覚えていないけど、今でも10代の頃の感覚が忘れられないんだと思います。今でも母校とか、学校の中に入ると具合が悪くなっちゃうんです。学校がすごく好きだった一方ですごく嫌いだったっていう気持ちを思い出して、複雑なストレスがかかってしまうみたいで。楽しいこともあったけど結構無理して毎日通っていて……モヤモヤが詰まってた時期だったなと思います。
多分みんなそういう時期を通ってきているから、絵にして吐き出すとそれを見てくださった方から「子供のときのことを思い出した」と感想をもらったり、逆に「こういうことがあったらよかったのにと思った」って言ってもらったり。やっぱり自分の絵を見て心を動かしてもらうのが好きだし、そのコミュニケーションがすごく楽しいなと思うときがあります。
■「自分の顔が少し好きになりました」
――2022年からはグループ展や個展などで似顔絵イベントを始められています。きっかけはなんですか?
前にディズニーシーに行ったとき、カリカチュアアーティストの人が横顔を描いてくれるパフォーマンスをしていたんです。人が絵を描くのを見るのが好きな私は迷わずお願いして。その場でささーっとディズニーキャラ風の似顔絵を描いてくれて感動したんです。あんまり似てないけど、めちゃくちゃ嬉しい!ってなって(笑)。それで、たまたま自分も横顔を描くのが好きだしやってみたいなと思って。
お客さんから個人的に似顔絵を描いてほしいと言われることは前からあったんですが、なかなか難しくて……。イベントという形にしたら気軽に来てもらいやすいのかな、とも思って始めてみました。
――やってみていかがでしたか?
少し不安だったのですが意外と自分できるな、と思いました(笑)。もともと5分とかでやるクロッキーが好きというのもあり短い時間で描くというのがすごく楽しいし向いてるなって。
あと、横顔にしたのが大正解でした。自分の横顔って普段自分からは見えないじゃないですか。だから、似てるか似てないかがぱっとはわからないんです。
――たしかに、以前家族と一緒にめばちさんの似顔絵イベントに参加したのですが、自分の似顔絵を見て「すごく可愛いけど、似ているのかな……?」と少し思っていました。だけど、家族の似顔絵を見ると眉の角度や横顔の輪郭がそっくりでちゃんと似ているんですよね。
すごく嬉しいです。まさに、横顔って自分じゃなくて家族やその人の近くにいる人が見ている角度、似ていると気付ける角度なんですよね。それも面白いなと思って。横顔って正面顔と違ってシルエットで描けるので、短時間でも似せやすいのもイベントに向いていると思います。
実は、元々知っている人の方が描きにくいんですよ。イベントに友達や知り合いが来てくれたときは描いている途中で「なんか似てない……」ってなっちゃって。自分の頭の中に最初から顔のイメージが存在すると描きにくいんだなと思いました。
あと、ひとつとてもうれしいエピソードがあって。似顔絵を描いたあとに自分の顔のことが前より少し好きになりました、と言ってくれたお客さんがいて、最初は自分の好奇心だけで始めたことだったけど、本当にやってよかったなと思いました。
――似顔絵はこれからも続けていくのでしょうか?
続けていきたいと思いつつ、今後は少し別の形でも描いてみたいなとも思っています。
似顔絵イベントをするとみんな素敵な服で来てくれるんですよ!自分の結婚式に着飾って来てくれた友達を見ているみたいな気持ちになる。描くのはモノクロなのに、このイベントに合わせて髪を染めてきましたみたいな人もいて(笑)。すごく嬉しいのに今までの似顔絵ではそこまで描けないのがもどかしく思えてきて。
自分も描いてもらう側だったら絶対お気に入りの服を着て行ったりするなと思うんですよね。なので、顔は細かく描けないけど横を向いた全身の姿とかにしてその日着てきてくれた服とか雰囲気を絵に残すとか、そういう形にするのも楽しそうだなと思っています。
――ありがとうございました!
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◆映画「レディ・バード」についてのインタビュー【Part.1】