「スタンド・バイ・ミー」(1986年) 絵本作家のえがしらみちこさんが思い出の映画「スタンド・バイ・ミー」を語り、イラストを描きました。
満面の笑みを浮かべる幸せそうな女性たち。かと思えば、力強いまなざしをもった女性も。そんな彼女たちを描くのは、イラストレーターの南夏希さん。南さんのイラストを見ていると、自然と心がときめき、笑顔のおまじないをかけられるよう……。
取材を終えて気が付きました。南さんは笑顔を絶やさず、我が道を進む。まさに彼女のイラストに描かれるような女性そのものなのだ、と。
(聞き手・斉藤梨佳)
Profile 南夏希 みなみ・なつき 1987年、奈良県出身。絵のコンセプトは「目で見るハッピー」。11月1~24日、大阪の「C’est cool Shop&Gallery」で個展を開催。 ©南夏希 |
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※南夏希さんは10月18日(金)朝日新聞夕刊「私の描くグッとムービー」に登場。
――今年の4月から6月にかけて開催されていた、軽井沢書店・中軽井沢店での個展「溢れんばかり」を拝見しました。色使いがとても可愛らしく、笑顔が素敵な女性たちのイラストに一目ぼれしてしまいました……。作品を作る時のコンセプトはありますか?
ありがとうございます。「目で見るハッピー」がコンセプトです。
――素敵なコンセプトですね。どのような意味でしょうか。
目で見て明るい気持ちになれるというのはもちろんですが、実はもう一つ、あるんです。つらいときに口角を上げると脳が錯覚して幸せな気分になれるという話を聞いたことがありませんか? でも本当につらい時は、口角を上げることすらできないと思うんですよ。そういう時は、無理して笑わなくていいと思います。その代わりに、満面の笑みのイラストを見て、視覚からでも笑顔を採り入れることができたなら、脳も勘違いしてくれるのではないかと思うんです。それが「目で見るハッピー」です。
――確かに南さんのイラストは笑っている女性が多く描かれていますよね。しかも目が線のように細くなっているところや、口が大きく横に広がっているところが、「笑っている」という感じがして、本当に脳が錯覚するのではないかと思わされます。
目と、歯が見えるくらいの口はやっぱりポイントですね。満面の笑みを描いている人は意外と少ないと思います。笑っているように見せるのが結構大変なんです。くしゃっとしている顔になってしまったり、痛みを感じているように見えてしまったり……。微妙な違いで変わってしまうので、笑顔を描くのが実は1番難しいのでは!?と思っています。
©南夏希
――イラストレーターになろうと思ったきっかけは何だったのでしょうか。
小学生~高校生まで、クラスの中に一人はいるような「絵がうまい子」という立ち位置でした。ピアノを習っていたこともあって、小さい頃の夢はイラストレーターかピアノの先生。でもイラストレーターでは食べていけないと思ったので、ピアノの先生になるために音大を目指しました。ただ歌を習っていなかったこともあって断念。それで大学では心理学(教育心理学)を学んでいました。
卒業後は旅行会社に就職して、3年くらい勤めていました。でもすごく多忙で、終電で帰っている時に、目の前の窓に映る自分の顔が、いつもと違って見えたんです。垂れ目のはずが、すごくつり上がっていて……。その時に、「このまま老いていくのかしら」と思ったんですよね。「もっと私、何かできると思うんだよな……」と。それで30歳までにやりたいことをやろうと決めて退職し、アルバイトをしながら大阪のアートスクールに通いました。そこでIllustratorやPhotoshopなどの制作編集アプリの使い方を学びました。
――退職する時は勇気が必要だったのではないですか?
そうですね。でも今辞めなければ、自分の人生を辞めることになる、と思ったんですよね。
――アートスクールに通っていた当時と今とでは、作風に違いはありますか?
当時はもう少しキャッチーなデザインや、ビビッドなカラーを使うのが好きだったのですが、今は風を感じるような透明感のある女性を描くのが好きですね。それでいてはつらつとしているような。笑っていない女性のイラストも、どこか自信を持って生きているように見えていてほしいですね。いつもこういう女性になりたいという、私の好きと憧れが詰まった絵を描いています。
©南夏希
(左)アートスクール在学中の作品 (右)現在の作品
――29歳までは地元の奈良県にいたんですよね?
そうです。アートスクールにも実家から通っていました。実家から出るつもりはなかったのですが、知り合いのデザイナーさんから東京に来た方がよいと何度も誘われていたんです。ずっと奈良にいたから東京は怖いイメージがあって、住むようなところではないと断っていたのですが、月に1回くらいは電話をくれて。そんな時に「東京に来ない理由は分かりました。じゃあ奈良にいないといけない理由は何ですか?」と聞かれたんですよ。「南さん、背負うもの何もないですよね」って。そう言われた時に、雷が落ちた感覚になったんですよね。確かにわたし、背負うものは何もないなって。「あの時東京に行っておけば良かった」って、10年後、20年後の自分に言わせたくないな、と思って上京しました。
――そのデザイナーさんとの出会いがあったから、今の南さんがいるのですね。イラストレーターとして仕事が増えるきっかけになった出来事はありますか?
アートスクール在学中にインスタグラムのアカウントを開設して、イラストを投稿するようになったんです。好きな芸能人の方を描いていたら、タレントのスザンヌさんがブログに載せてくださったり、お笑い芸人の渡辺直美さんがインスタグラムをフォローしてくださったりして、そこからフォロワーが増えたんですよね。急激に増えたので、最初は「何が起こっているんだ!?」という感じだったのですが、友達が「なっちゃん、ブログに載っているみたいよ!」と教えてくれました。フォロワーが増えたことで、色々なお仕事のお話をいただけるようになった感じですね。
――徐々に仕事が増えていく中で、特に印象深いお仕事はありますか?
コロナ禍だった2021年に、ニューバランスジャパンさんから、名古屋ウィメンズマラソンのTシャツをトリプルコラボ(ウィメンズマラソン×NB×南夏希)としてデザインして欲しいとお声がけ頂きました。前年のウィメンズマラソンが中止、2021年もどうなるかわからない状況の中で「超ハッピーな女性の笑顔のTシャツを着たランナーがたくさん走れば、すごく明るいマラソンになると思いませんか?」と担当者の女性から言って頂き、なんて素敵な発想!と思って、とてもうれしかったことを覚えています。コロナ禍で厳しい状況が続いていた時に、「目で見るハッピー」というコンセプトに共感して、声をかけてくださる企業が多かった気がします。
ゼクシィさんからは上京前にお声がけいただき、今では誌面のドレス選びや会場選びのページイラストだけでなく、読者プレゼントのペアマグカップや、ゼクシィアプリの記事イラストなど、毎月何かしら描かせていただいています。
――確かに「目で見るハッピー」にぴったりの案件が多いですね。ファン層はどのような方が多いのですか?
9割が女性です。でも個展を開いた時に絵をご購入いただくのは半分男性だったりします。引っ越しや、新しい生活をきっかけに買われる方が多いですね。
――南さん自身が、幸せを感じる瞬間はどんな時ですか?
個展で在廊している時に、お客様の声が聞こえてくる時です。「わあ!可愛い!」とか、「これも持ってる!あれも持ってる!」とか。直接思いの丈を告げて下さる方もいます。日本人の男性で、私のイラストのタトゥーを彫りましたと見せてくれる人もいました。オーストラリア人の方も別のイラストをタトゥーで彫っていましたね。
実際のタトゥー写真
――それは驚きますね。でもうれしかったですか?
めっちゃうれしかったです。普段は1人で描いているので、結局独りよがりでやっているのではないかとか思うこともあるんです。でも直接、表情や声色を受けながらお話を聞いていると、全身に染み渡るというか。自分の知らないところにも、こうやって自分の作品が届いているんだなと感じられるのは励みになりますね。
――個展の会場で事前予約制の似顔絵イベントもやっていますよね。似顔絵を描く時に意識していることはありますか?
可愛く描くこと。似顔絵だから似せますけど、来てくれている方はめっちゃ似ている絵が見たいわけではないと思うんですよね。
昔、カリカチュア(※)という技法の似顔絵を描いてもらった時に、出来上がったものを見たら、目がビャーン!鼻がドーン!みたいな、ものすごく極端に描かれていて。そういう技法だと思うので仕方ないですけど、あまり喜べなかったんですよね。
私の似顔絵イベントに来てくれる方は、たぶん私のイラストを見て、自分もこうでありたいと思って来てくれている方が多いと思います。だからしわも描かないですし、ご年配の方もいらっしゃるので、髪形も少しふわっとさせて描くようにしています。
(※)対象の特徴を大げさに描く表現方法
――イラストを描かれる上で、ご自身の強みや、絶対に譲れない軸は何でしょうか。
やっぱり笑顔を描くのは、誰にも負けないと思っています。笑顔を描くのが好きだという気持ちも、負けていないと思います。
譲れない軸は、悲しい顔は描かないこと。表情ってうつるんですよ。描いている表情が自然と自分の表情にもなるので、笑顔を描いていたらいつの間にか自分も笑っているんですよね。だから自分のためにも悲しい顔は描かないというのが私のポリシーですね。
©南夏希
――今後の目標はありますか?
将来の夢は、おばあちゃんになっても求められる絵を描いていることなんですね。いかに素敵なおばあちゃんになれるかということを、30代に入ってからずっと考えています。私の周りにも趣味を持ちながら生き生きと働いている素敵な女性がたくさんいます。彼女たちを見ていると、やっぱり着たいものを着続けて、好きなものを好きと言い続ける。そういう人であれば人は輝くのかな、と思うんです。
取材後記
何よりも印象的だったのは、南さんの笑顔です。時折冗談を織り交ぜながら、楽しそうに話す彼女は、豪快でストレート。だけど夢を追いかけるきっかけとなった、終電での出来事を話している時の、「もっと私、何かできると思うんだよな……」という言葉にしびれました。自分の力を誰よりも信じられるのは自分自身。彼女にはきっとその強さがあるのだな、と感じたんです。
個人的なお話で恐縮ですが、先日少し落ち込む出来事がありました。でもその時頭に浮かんできたのは、南さんが取材で話していた「目で見るハッピー」のお話でした。無理に笑えなくてもいい、視覚からでも笑顔を採り入れることができたなら、脳は勘違いしてくれるかもしれない。その話を思い出した時、心が少し軽くなりました。これから先も、きっとこの考え方に救われることがあるだろうな、と思います。
(斉藤梨佳)
公式ホームページ
公式インスタグラム
https://www.instagram.com/punipuni729/
▼私の描くグッとムービー(10月18日午後4時配信)
https://www.asahi-mullion.com/column/article/dmovie/6218