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私のイチオシコレクション

オルメカ美術 MIHO MUSEUM

人格宿る 強いまなざし

仮面 前900年~前600年 翡翠 高さ17×幅16.5×奥行き9センチ
仮面 前900年~前600年 翡翠 高さ17×幅16.5×奥行き9センチ
仮面 前900年~前600年 翡翠 高さ17×幅16.5×奥行き9センチ 石彫「変身する人物立像」 前900年~前600年 蛇紋岩(じゃもんがん)、辰砂(しんしゃ) 高さ19.5×幅9.5×奥行き6.3センチ

 オルメカは、紀元前1200年ごろに中央アメリカの熱帯雨林で起こった、アメリカ大陸最初期の文明です。農耕や狩猟採集で生活し、文字や暦を操り、大規模な祭礼施設や石碑を建てていました。美術的には、宗教観を背景とした石彫や陶芸が特徴。当館では人物像や石斧(せきふ)など20点を収蔵しています。

 この「仮面」の表情を見てください。強いまなざしに、なんだか人格を感じませんか? 当館の古代アメリカ美術コレクションの、核となる作品です。一族の王が儀式の時につけたものでしょう。仮面は神の代弁者の証しで、王や首長は、神々と交信して豊穣(ほうじょう)や病気平癒を祈り、占術を行うシャーマンでもありました。仮面に刻まれた意匠は、祖先や神々との交信の場などを表しており、生命の象徴「血」を表す赤色顔料が充塡(じゅうてん)されています。葬儀で焼かれたためか白色化していますが、翡翠(ひすい)製で光を当てると内部の緑色が透けて見えます。植物や生命を想起させる緑色の翡翠は、オルメカの人々が特に貴んだ石でした。

 この時代、最も恐れられ、崇(あが)められた動物がジャガーです。儀式の時、シャーマンはジャガーに「変身」することで、守護獣の力を借りて神々と交信しました。「変身する人物立像」は、その過程を表したもの。変身の際の激しい苦しみを、額に浮かんだ血管や苦悶(くもん)の表情で表しています。

 神と通じるためのこれらの作品は、「芸術のための芸術」ではなく「必然の芸術」。力強さに圧倒されるばかりです。

(聞き手・安達麻里子)


 《MIHO MUSEUM》 滋賀県甲賀市信楽町田代桃谷300(TEL0748・82・3411)。午前10時~午後5時。(月)((祝)(休)の場合は翌日)休み。1100円。2点は10月8日までの特別展「アメリカ古代文明 超自然へのまなざし」で展示。

稲垣さん

学芸員 稲垣肇

 いながき・はじめ ユーラシア~アメリカ大陸の古代美術を担当。同館立ち上げにも関わり、1997年の開館時から主任研究員を務める。

(2018年9月11日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

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