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渥美半島の「表現者」が育てる、幻の純系「古田メロン」 

石井農園「古田メロン」

こもれび

 愛知県の南端に伸びる渥美半島。三河湾と太平洋に挟まれ、温暖な気候と長い日照時間に恵まれた, 日本有数のメロン産地です。この地で、並外れた執念と優れた感覚によって育まれる果実――それが、石井芳典さん(42)が手がける「古田(こだ)メロン」です。

出荷率5割 「幻のメロン」に挑む、年に一度の真剣勝負

 石井さんが育てているのは、高級メロンの代名詞であるアールスフェボリット系のルーツにあたる、昭和40年代に栽培されていた「純系高松メロン」です。

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みずみずしく香り豊かな古田メロン

 現在主流の「F1品種」は、異なる系統を掛け合わせることで、病気に強く、育てやすくしたものです。収穫のばらつきが少なく、栽培した株の約9割を出荷できるという高い安定性を誇ります。ただその一方で、「味はどうしても平均的になりやすい。半分うまくて、半分まずい。おいしさの個性が薄まってしまうんです」と石井さんは話します。

 一方、「純系高松」は圧倒的な香りと味わいを持つ反面、病気に弱く、栽培は極めて困難です。ロスが多く、出荷できるのは多くても5割程度。この生産の不安定さから多くの農家が栽培をやめ、やがて「幻のメロン」と呼ばれるようになりました。

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収穫は年に一度。「祭りみたいなもんだね」(石井さん)

 3月に種をまき、4月に定植し、5月に受粉、7月に収穫を迎えます。石井さんは7年目となる今年、「過去最高に順調」と手応えを感じながらも、気を緩めることはありません。最も危険なのは受粉後だからです。収穫直前に株が弱り、4000本のうち半分が失われることもあります。最後まで予断を許さない、年に一度の真剣勝負です。

農業の退屈を救った「夜の海と寿司」 プロたちとの交流が情熱に火を付けた

 今でこそ幻のメロンの生産者として知られる石井さんですが、その歩みは異色です。10代は剣舞に打ち込み、16歳で全国優勝。18歳から極真空手の内弟子となり、20代で上京すると、大河ドラマにも出演するスタントマンとして表現の世界に身を置きます。しかし母の死をきっかけに24歳で帰郷し、実家のトマト農家を手伝うことになりました。

 当初は、農業に魅力を感じることはできなかった、と言います。効率を追い求める単調な仕事だと感じていたからです。退屈さを感じていた石井さんは、畑から見える海に引き寄せられていきました。「畑仕事はつまらない、海はいいな」――そんな思いから、昼は畑に立ちつつも、夜になると一人で海へ向かうようになります。最初は気晴らしの魚突きでしたが、やがて自ら漁船を購入して沖へ出るほど、海の世界へのめり込んでいきました。この一見無謀ともいえる没頭が、やがて意外な方向へとつながっていきます。

20代前半、スタントマンとして活躍(左)、地元に戻り畑で格闘(右)

 家族の食事を担う中で、「どうせならおいしいものを食べたい」と、魚をさばきながら料理の腕を磨きました。さらに寿司好きが高じて、「本当に美味しい寿司を自分で作りたい」という思いから、渥美半島から銀座の名店へ通い、魚市場の競りにも参加する熱中ぶり。自宅で一流の寿司の味を再現することに心血を注ぎます。「美味しいものを食べることで、いろいろな思いを埋めたかったのかもしれない」。母を失った喪失感、そしてこの土地で豊かな暮らしを実現したいという思い——そのすべてが、味の追求へと向かっていきました。

 やがて石井さんの握る寿司を目当てに、プロの料理人や料理研究家が訪れるほどになり、地域に暮らす食文化や歴史に造詣の深い知識人との交流も生まれました。石井さんはそうした人々と銀座の寿司店を巡りながら味の構造や美味しさの本質を学ぶ一方、世界史や日本史など幅広い教養にも触れ、視野を広げていったといいます。こうして寿司を通じて生まれた各分野のプロフェッショナルたちとの繋がりが、石井さんの農業への向き合い方を大きく変えていくことになります。

 きっかけは、その中で出会ったイタリア人シェフの一言でした。「日本のトマトより、イタリアの品種のほうがおいしいよ」。実際に種を取り寄せて育ててみると、その味は驚くほど違っていました。品種によってここまで変わるのか——その発見が、石井さんの考え方を大きく変えます。「効率ではなく、圧倒的においしいものを作りたい」。帰郷して9年が過ぎた頃、再び表現者としての情熱が目覚めました。

「あのメロンはもうない」耳に残った父の言葉――幻の種を探して

 その頃、父・忠秀さんが夏になるたび口にしていた言葉を思い出します。「高松はうまかったなあ。純系だもんなあ。でも今はもうない」。舌の肥えた父が、懐かしむように夏になると語っていたその味。何度も耳にしてきた言葉でしたが、当時は深く気に留めることはありませんでした。しかし、品種の違いで味が変わることを知ったとき、あの言葉がよみがえりました。「それほどまでにうまいメロンがあったのか。ならば、自分も出会ってみたい。作ってみたい」

 とはいえ、周囲は口をそろえて言いました。「40年前の品種なんて、もう残っていない」。それでも諦めず、あちこちを訪ね歩いて探し続けた末、隣町の古田(こだ)地区でたった一人、純系の種を守り続けていた高齢の生産者に出会いました。多くの農家がF1品種へ移行する中、その生産者は夫の死後も、ほそぼそと作り続けていたのです。石井さんは種を譲り受け、生産者への敬意を込めて「古田メロン」と名付けました。

全滅したハウスはまるで「ゲルニカ」3年目の絶望と4年目の逆転

 しかし、栽培は想像をはるかに超えて困難なものでした。

「半分はダメになるよ」——種を託してくれた生産者の言葉の通りに、茎は割れやすく、病気に弱いうえに教えてくれる人もいません。文献を読み、試行錯誤を重ねてもなかなか成果は出ませんでした。そして3年目、最大の試練が訪れます。朝ハウスに入ると、病気が一気に広がり、4000本あった株のほとんどが倒れていました。その光景は、「まるでピカソの『ゲルニカ』を思わせる衝撃と絶望でした」(石井さん)。

畑

棟を減らして、通気性を上げた畑

 営利だけを追う農業ではありませんが、経営を無視することもできません。追い込まれた石井さんは4年目、栽培方法を根本から見直します。土づくりを一からやり直し、苗の段階から肥料設計を変更。初期から十分な栄養を与え、茎と根を強く育てる方法に賭けました。

 その年の収穫後、父にメロンを差し出すと、味に厳しい父が4分の1玉をあっという間に食べ切りました。3年目までは一口食べて「ダメ」と首を振っていた父です。誰よりも父の味の基準の厳しさを知る石井さんにとって、その父が夢中で頬張る姿は大きな驚きでした。自分が目指してきた味が、ついに父の厳しい基準に達した。石井さんはメロン復活への手応えを感じたといいます。

ミシュラン店が認めた 世界の舞台へ広がる「シングルモルトのようなメロン」

 古田メロンの最大の特徴は、凝縮された香りと深い味わいです。その品質を支えるのが、徹底した水管理。夏場は朝6時から葉の状態を確認し、灌水時間を秒単位で調整します。収穫前には水分を極限まで抑え、糖度と香りを一玉に凝縮させます。収穫は深夜2時から始まり、夜明け前に終えます。朝日が昇ると葉から水分の蒸散が始まり、実の水分も失われていきます。最もみずみずしく張りのある状態を保つため、水分が移動する前の深夜に収穫するのです。

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「大きくなあれ」と願いながら丁寧に育てます

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(左)ロスはどうしてもでてしまいます 右)収穫前の古田メロン

 こうして育つメロンは小玉ながらずっしりとした重量感があります。果肉は緻密でなめらか。高い糖度に加え、濃密な香りと長い余韻を楽しめます。また、日持ちがよく、追熟による味の変化も魅力です。中には複数個を購入し、追熟の違いを食べ比べる人もいるほどです。石井さんは、このメロンをウイスキーの「シングルモルト」に例えます。「ブレンドされず、土地や気候、作り手のこだわりが、そのまま味になる、唯一無二の存在です」

 古田メロンが支持される理由は、味だけではありません。失われた品種の復活に挑み、失敗を重ねながらも諦めずに続けてきた歩みそのものが、多くの人の共感を集めています。

 毎年メロンに添えられる自作のパンフレットには、初年度から石井さんの挑戦を見守ってきた支援者たちも関わり、栽培の記録やその年の出来事がエッセーのかたちで綴られています。そこには、単なる栽培の苦労話に留まらない、文化や歴史に対する考察も織り込まれており、「固有種」を育て継ぐことの意義や魅力を知る手がかりとなっています。

 「石井さんは『今年は納得のいく出来じゃなかった』と言うけれど、それでも十分美味しいよ。また来年も買うからね」。そんな温かな応援の言葉に支えられ、挑戦は5年、6年と重ねられ、現在の7年目へと続いてきました。

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商品に同封されるパンフレットにも力をいれています

 石井さんは、そんな支援者との関係をスタントマン時代と重ねます。「『もういらない』と言われてしまえばそれまでですが、頑張れと応援してくれる人がいる限りは続けたい。見てくれる人がいて初めてパフォーマンスが成り立つという意味では、メロン作りもスタントも一緒なんですよね」

 その評価は海外にも広がり、今年はニューヨークのミシュランガイド掲載レストランでコース料理の一品として提供される予定です。メニュー名は「The Sound of the Sea — Coda Melon(海の響き・古田メロン)

 渥美半島の風土、海の記憶、潮風が吹くハウス、そして受け継がれてきた種の物語を込めた一皿です。幻の純系メロンを未来へつなぐ石井さんの7年目の挑戦。その収穫の季節が、まもなく訪れます。 


渥美半島石井農園

古田メロンのほか、トマト、花などを生産。有機物を循環させ、生態系のバランスを大切にした土づくりのもと、丁寧なものづくりに取り組んでいます。

〒441-3616 愛知県田原市向山町

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