もやの切れ間から浮かび上がる浅葱(あさぎ)色の内海。陸とも海とも判然としない、あいまいで不思議な水景は、京都の日本画壇「四条派」始祖、呉春(1752~1811)が描いた六曲一双の屛風「海辺山水図」です。
呉春といえば、与謝蕪村に学び、輪郭線を強調したダイナミックな作風を思い浮かべる人も多いでしょうが、本作はやや趣が異なります。落款の書き方から最晩年の作と考えられます。
松の木は、輪郭線を描かず面で表現する技法で、柔らかな筆致が際立ちます。心象に近い風景は、従来の軽妙な印象と違う、落ち着きと厚みを感じます。
記念館は、日興証券(現SMBC日興証券)創立者の遠山元一(げんいち)が集めた書画や染織品など約1万3千点を所蔵しています。館の中核をなす遠山の私邸は接待の場でもあり、後に国の重要文化財となる邸宅の趣に合わせて調度品を収集した結果、名品がそろったわけです。「海辺山水図」などの屛風は、大広間の間仕切りに使われていたのではないかと推測されます。
遠山邸は母屋と離れで床の間が10カ所もあり、季節や賓客に応じて掛け軸を取り換えました。中でも重要文化財「布晒舞図(ぬのさらしまいず)」は、英一蝶(はなぶさいっちょう)(1652~1724)が流刑先の三宅島で制作した「島一蝶」と呼ばれる作品群の一つとみられています。
厳しい状況下のせいか、絵の具を薄くのばして使っている様子がうかがえますが、画面を横切る布の動き、舞手の所作、囃子方(はやしかた)の表情までも豊かに活写し、遊興の場の華やぎが伝わってくるかのようです。
江戸にいた頃の一蝶は、酒宴で太鼓持ちもしていたといいます。記憶や経験を頼りに描いたであろう画面に、絵師としての確かな技量と矜持(きょうじ)を感じます。
この作品は購入前、美術研究誌「国華」に紹介されて高い評価を受けていました。賓客を価値ある名品でもてなそうという心持ちを感じます。
(聞き手・尾島武子)
《遠山記念館》 埼玉県川島町白井沼675(☎049・297・0007)。午前10時~午後4時半(入館は30分前まで)。800円。
月曜日(祝休日の場合は翌平日)など休み。
「海辺山水図」はコレクション展1前期(7月20日まで)で、「布晒舞図」は「舞いの造型」展(9月19日~11月15日)で展示。
学芸員 柳澤恵理子 やなぎさわ・えりこ 埼玉県出身。学習院大学史料館(現霞会館記念学習院ミュージアム)、狭山市立博物館などを経て2024年から現職。専門は日本の中近世絵画、合戦絵。 |