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私のイチオシコレクション

アーティスツ・ブック うらわ美術館

世界とつながるメディア

エドワード・ルシェ「9のプールと壊れたグラス」 1968年 (C)Ed Ruscha
エドワード・ルシェ「9のプールと壊れたグラス」 1968年 ©Ed Ruscha
エドワード・ルシェ「9のプールと壊れたグラス」 1968年 (C)Ed Ruscha レイモン・クノー「100兆の詩」 1961年

 「アーティスツ・ブック」は、芸術家が本や雑誌の形で作品や活動を発表する美術ジャンルです。1950年代から、欧米の作家を中心に見られるようになりました。一点物ではなく、100部単位で刷られ、無料のものもあれば低価格のものもあり、多くの人が手に入れやすかったのが特徴です。戦後の作家は、より自由に世界中の仲間とつながれるメディアを求めたのではないでしょうか。

 当館は、米ニューヨークの収集家から50~80年代の作品800点超を手に入れ、所蔵しています。米の画家エドワード・ルシェ(37~)の「9のプールと壊れたグラス」はカバーに半透明の薄紙を使った、タイトルだけのシンプルな表紙。めくるとプールのカラー写真と白紙ページが繰り返し続きます。そうかと思うと突然、割れたグラスの写真が。白紙ページの余韻とともに、一本のミステリー映画を見たような気分にもなる。豪邸のプールのゴージャスさと人気(ひとけ)のない水面に漂う寂寥(せきりょう)感を同居させつつ、60年代の米国の空気感をも切り取った秀作です。日本でも2014年に写真家ホンマタカシらが、同作へのオマージュ作品を制作しています。

 仏の詩人レイモン・クノー(1903~76)の「100兆の詩」は、14行詩「ソネット」10篇があり、行ごとの切り込みを折ると別ページの1行が現れ、100兆通りもの詩が生まれる仕掛け。数学にも造詣(ぞうけい)が深かったクノーらしい作品です。

(聞き手・井上優子)


 《うらわ美術館》 さいたま市浦和区仲町2の5の1(TEL048・827・3215)。原則午前10時~午後5時。原則(月)休み。2作品は企画展「美術への挑戦 1960’s―80’s」(1月14日まで)で展示中。610円。

滝口さん

学芸員 滝口明子

 たきぐち・あきこ 2015年から現職。「本をめぐるアート」をコレクションテーマとする同館の作品収集、調査、展覧会企画に携わる。

(2018年12月4日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

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