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愛知県陶磁美術館

犬ではないがイヌ化 さらに…

愛知県陶磁美術館
「灰釉狛犬 吽」 瀬戸 室町時代 高さ20センチ 本多静雄氏寄贈
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 神社でおなじみの左右一対の狛犬(こまいぬ)。瀬戸や美濃では、鎌倉時代から明治初期まで陶製の狛犬が作られていました。当館は実業家で陶芸研究家の本多静雄氏からの寄贈を中心に200件を超すコレクションを所蔵し、常時約80点を展示しています。

 狛犬の起源は古代オリエントで王の権威を象徴した獅子(ライオン)と、一角獣(角のある霊獣)を一対としたものと考えられ、中国、朝鮮半島を経由して仏教とともに日本に伝わりました。

 獅子はそのまま獅子と呼ばれた一方、一角獣は朝鮮から来たという意味で「高麗犬(こまいぬ)」と呼ばれました。2体まとめて狛犬というようになったのは江戸時代ごろと思われます。

 角がなく口を開いた「阿形(あぎょう)」(獅子)と、角があり口を閉じた「吽形(うんぎょう)」(一角獣)のセットが典型ですが、13世紀末ごろから制作された陶製狛犬にはさまざまなバリエーションが見られます。

 茶色の大きな目が特徴の「灰釉(かいゆう)狛犬 吽」は、愛くるしい表情が人なつこい忠犬のようですね。寺社からの注文品で、たてがみや尾は豊かな体毛が表現され、典型に比較的近い表現です。

 起源からいえば狛犬にイヌの要素はないですが、名前のせいか日本ではイヌっぽい意匠が現れました。中でも瀬戸や美濃では山岳信仰の影響で山犬(オオカミ)のイメージと結びつき、イヌ化が早くから見られます。

 一方、「鉄釉狛犬 阿吽」はしなやかな手足や長い尾、とがった耳がまさにネコ。稲作が盛んな地域で「ネズミよけ」の願いを込めて奉納されたと考えられています。江戸時代中期ごろには一般の人が神社に狛犬を奉納する習慣が広がり、願い事に合わせて自由な姿形の狛犬が作られたことを示しています。

(聞き手・吉﨑未希)


 《愛知県陶磁美術館》 愛知県瀬戸市南山口町234(問い合わせは0561・84・7474)。[前]9時半~[後]4時半(入館は30分前まで)。2点は展示中。400円。[月]([祝]の場合は翌平日)、年末年始休み。 

さくま・まさこ

学芸員 佐久間真子

 さくま・まさこ 1985年生まれ。専門は近世日本陶磁史。2010年から現職。常設展「リ・デザイン・狛犬」などを担当。

(2022年8月2日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

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