「上方落語中興の祖」と言われた落語家の桂米朝は今年で生誕100年、没後10年を迎える。落語の発展に力を尽くし、演芸界で初めて文化勲章を受章した功績を振り返る一門会と特別展が東京で開かれる。開催に先立ち、米朝の長男、米団治さんに話を聞いた。
落語を「文学」に
米朝は上方落語を復興させるために生まれてきた人でしょうね。
江戸時代にはじまった上方落語は、1934年に初代の桂春団治が亡くなったあたりから人気が徐々に衰え、かわって漫才が娯楽の中心になっていった。噺家は一時10人程度にまで減り、新聞は「上方落語は滅んだ」と書き立てました。
そんな苦境の真っただ中にほぼ同時期に飛び込んだのが、のちに「四天王」と称された六代目笑福亭松鶴、三代目桂春団治、五代目桂文枝、そして三代目桂米朝です。師匠たちの奮闘努力で上方にはいま250人ほどの落語家がいます。
落語界に米朝が残した功績はたくさんあります。ひとつは、滅びかけていた古い作品を掘り起こしたこと。有名なのは冥土を旅する「地獄八景亡者戯」ですが、ほかにも「算段の平兵衛」「稲荷俥」「天狗さし」など、廃れかけていた噺を先輩諸氏から聞き取り、磨き直して高座にかけました。いまや上方の財産になっています。
さらに言えば、落語を「文学」にした。浄瑠璃も竹本義太夫と近松門左衛門のコンビが文芸性を高める革命を起こし、そのありようが「近松前」「近松後」にわかれる。
落語ももともとはたわいない滑稽噺でしたが、米朝は文学と呼んでも遜色がないまでに練り上げました。自らつくった創作落語「一文笛」は推理小説のように伏線が張ってあり、文芸作品と言っても言い過ぎではないでしょう。噺をブラッシュアップする際、伏線や布石、いろんな工夫をするのが好きでしたね。「米朝前」と「米朝後」、落語もそんな見方ができるように思います。
上方のスタイルを継承
また上方独自のスタイルを先人から受け継ぎ、後進に伝えました。江戸落語の高座は座布団一枚ですが、上方は小机のような「見台」、衝立のような「ひざ隠し」を前に置き、張り扇と「小拍子(こびょうし)」と呼ばれる小さな拍子木で音を立てながら話す。大道芸だったころの名残といわれていますが、この形を大切にしました。鳴り物(三味線や太鼓)が入るのも上方ならではで、音楽が効果的に用いられる芝居噺や旅ネタが好きでしたね。米朝一門の噺家は入門すると最初、お伊勢さんにお参りする「東の旅」という噺を稽古します。上方の大事な要素の継承に、米朝は大いに関わってきたわけです。
ラジオやテレビに果敢に挑戦
守るだけではなく、フロンティア精神で新しい落語の形を開拓してきた人でもあります。いまは珍しくない大きなホールでの落語会。落語がまだ小さい寄席ばかりだったころから、米朝はホール落語にチャレンジした。最初は1966年、京都と聞いています。大阪にあった1500人収容のサンケイホールで定期的に独演会を開き、米朝一門のホームグラウンドになりました。
28歳のときには「歌のショーウィンドー」というNHKラジオの番組でディスクジョッキーを務めました。浜村淳さんや上岡龍太郎さんといった関西のラジオのプロたちが「米朝さんのしゃべりで育った」と語っています。落語番組でなくてもテレビに積極的に出演し、全国放送のワイドショー「ハイ!土曜日です」の司会もした。端正な顔立ち、上品な語り口、博識と三拍子そろっていて、テレビ映えしたんでしょう。豊富な知識で司馬遼太郎さんや小松左京さんら文豪・文化人とも渡り合った。落語という枠を超え、縦横無尽に活躍しました。
東京で人脈広げて
関西にとどまらず、より広く人に受け入れられた理由のひとつに、東京で一時期暮らしたことが挙げられると思います。
米朝が生まれて100年ですが、ラジオ放送も今年で100年。米朝はラジオで落語を聴いて育った。流れてくる江戸の落語に数多く触れ、憧れを抱いて東京の大学に進学したんじゃないかな。そして寄席文化の研究者、正岡容さんの弟子になり、小沢昭一さん、大西信行さん、加藤武さんらと知己を得て人脈を広げた。
東京を経たことは米朝を語るうえで忘れてはいけない。「米朝さんの落語は聞きやすい」と全国の人に愛される理由もここにある。生誕100年記念が東京でフィナーレを迎えるのは感慨深い。
今回は4公演とも毎回最初に米朝の落語を映像で流します。「つる」は師匠である四代目米団治から米朝がきっちり教えてもらい、受け継いだネタ。「落語のすべての要素がつまっている」と言ってました。「天狗さし」は米朝が復活させた噺です。「京の茶漬」「焼き塩」も米朝らしい品の良い語り口を味わっていただけます。
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桂米朝一門会は11月8日正午と午後4時、9日午前11時と午後3時(両日とも午後の部は完売)、東京・有楽町の有楽町朝日ホール。各回5千円。米団治のほか南光、千朝、米二、吉弥らが出演。ゲストは柳亭市馬(8日正午)、さだまさし(8日午後4時)、柳家花緑(9日午前11時)、立川談春(9日午後3時)。購入はチケットぴあ(Pコード 535・595)、セブンイレブン店頭で。問い合わせは米朝事務所(06・6365・8281)。
併せて、米朝の歩みや功績を写真と資料で振り返る桂米朝特別展を11月3~16日、朝日新聞東京本社コンコース(東京都中央区築地5丁目)で開きます。午前10時~午後5時(最終日は午後3時まで)、入場無料。