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奈良にうまいものあり! ピリ辛スープにシャッキリ白菜 天理ラーメン

自慢ではないが、ことラーメンにおいては英才教育を受けてきた。

 

なにせ生まれ育った京都は、現在でも多種多様な有名ラーメン店が軒を連ねる地。加えてわたしの自宅は中でも、こってり鶏ガラスープで名高い某有名チェーン店・本店の近くだ。ゆえにわたしは小さいころからあの「こってり」に親しみ、それが普通のラーメンと思って育ってきた。自分が親しんできたものが異色の品と気づいたのは、大学に入り、他の地域から来た同級生たちが「こってり」の濃さに仰天しているのを目にしてからである。

 

正直、「こってり」に慣れているとその他のラーメンはほとんど薄く感じられてしまうのだが、その違いを楽しむのもまたラーメンの醍醐味だ。もともと麺類好きということもあり、かくしてわたしは今、取材や講演などで全国あちらこちらに出かけても、その土地のラーメン屋にしばしば飛び込んでいるのだが、実はもっとも大好きなご当地ラーメンは目と鼻の先にある。それはわたしが小説の舞台にすることも多い隣県、奈良の「天理ラーメン」だ。

 

スープはニンニク醤油がベースのピリ辛味で、それ自体がなかなかパンチがある。ただ最大の特色は、炒めた白菜がどっさり具材として載っていることだ。汁物でも鍋でも、具が多い方が嬉しく、別にヘルシー志向というわけではなく、ただただ野菜が大好きなわたしには、これが大変ありがたい。白菜の甘味とシャキシャキとした食感がスープのパンチをやわらげ、ほんの少しだけ混じるニラと豚肉が、さらにアクセントとして活躍している。

 

チャーシューがたくさんのるラーメンは世に多いが、こうもたっぷり野菜が食べられるラーメンは意外と珍しい。しかもそれが決して健康志向に偏っているわけでもなく、しっかりとした充足感も得られるのだから、こんなに嬉しいことはない。

 

わたしがいつもお世話になっている近鉄・奈良駅近くの書店さんは、その真向かいに天理ラーメンを提供する店がある。奈良に行った折は、三回に一度はそこで昼食を取り、書店さんで好きな本を買って帰るのが、いつものお気に入りのコースだ。

 

ただ歴史時代小説家とラーメンというのは想像しづらい組み合わせなのか、親しい書店員さんにはこれまで幾度か、「また天理ラーメンですか!」と驚かれた。別に歴史時代小説を書いているからと言って、毎日、着物で和食ばかり食べているわけではないのだが、イメージとは現実とはかけ離れたところで独り歩きをするものだ。

 

ところでわたしが奈良によく出かけると話すと、「奈良は美味しいものが少ないでしょう」とのコメントが返って来ることがしばしばある。奈良にうまいものなし――とはよく言われる言葉で、これは大正の終わりから十三年間、奈良に暮らした作家・志賀直哉が記した「奈良」というエッセイがもとになっている。正確には志賀は、文中で「食ひものはうまい物のない所だ」と書いているのだが、いや、ちょっと待ってほしい。その後に実は彼は奈良の菓子を褒め、豆腐やがんもどきも美味しいと続けている。奈良の自宅のそばにある豆腐屋の商品は、志賀の東京・大阪の友人に気に入られていたそうだ。

 

もともとこの「奈良」は奈良県発行の雑誌に寄稿されたもので、そんなところに奈良をけなす内容を記すわけがない。だが「奈良にうまいものなし」という言葉はそのインパクトのせいか今日でも独り歩きを続け、不当に奈良を貶めているのだから、一度ついたイメージの払拭とは実に難しい。

 

天理ラーメン以外にも、たとえば食材ではブランドイチゴである古都華やあすかルビー、伝統野菜である約二十品目の大和野菜、大和牛や郷ポークなど、奈良には美味しいものがたくさんある。「奈良のうまいもの」をぜひお楽しみいただきたい。

 

田 瞳子さん

 さわだ・とうこ 1977年生まれ。同志社大文学部文化史学専攻卒業、同大学院博士前期課程修了。2016年『若冲』で親鸞賞、21年『星落ちて、なお』で直木賞受賞。『赫夜』『孤城 春たり』など著書多数。

澤田 瞳子さん

Ⓒ富本真之

 

 

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