土俵の周りにひしめく人々。入りきれずに列ができています。今と変わらぬのぼりが立ち並び、相撲茶屋は大盛況--。
錦絵「両国大相撲繁栄之図」は、歌川国郷の1853(嘉永6)年の作で、現代の相撲興行のルーツとなる両国の回向院境内で行われた「江戸相撲」の風景を描いています。
今ではなくなった相撲小屋の外で稽古を見せる風習や、太鼓櫓(やぐら)がある門に押し寄せる人など、当時の大相撲の様子がよくわかる図になっています。
当時、相撲は錦絵の題材としてよく取り上げられていました。力士像や取組の様子など、描かれ方は様々です。初代歌川国貞(三代歌川豊国)は、人気力士を多く描きました。現在のブロマイドのような一人立ちの絵も多くあり、人物の特徴をよく捉えています。
江戸相撲は大阪や京都の上方相撲に比べ停滞期間が長かったのですが、1760年前後から人気が上昇しました。加えて1789(寛政元)年以降、横綱が誕生したことや、将軍の目の前で相撲を取る上覧相撲が開催されたことなども相撲人気を後押しした理由に挙げられます。
開催中の企画展「江戸相撲の風景」(8月20日まで)では、初代館長・酒井忠正の個人コレクションを基に収集してきた約3万8千点の収蔵品から、当時の様子が分かる錦絵のほか、江戸時代の横綱が着用した「綱」や、実質的には初代とされる第4代横綱、谷風梶之助(1750~95)が着ていた夏用着物の帷子(かたびら)も展示しています。
中でも254勝10敗と強さを誇った大関の雷電為右衛門(1767~1825)の道中羽織が目玉です。記録によると身長が197センチで、現在の幕内で最も背の高い金峰山(195センチ)より高かったといいます。羽織はゆきが短めなのに、それでも約75センチにもなる大きなものです。江戸時代の力士の迫力ある姿を想像しながら、楽しんでみてください。
(聞き手・鈴木芳美)
《相撲博物館》 東京都墨田区横網1の3の28、両国国技館内(☎03・3622・0366)。午前10時~午後4時半(入館は30分前まで)。企画展中の開館日は館のホームページで要確認。
学芸員 斉藤みのり
さいとう・みのり 2025年から現職。専門は日本近世史。相撲の興行文化を中心に研究し、本展を手がける。