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ひとえきがたり

美作(みまさか)滝尾駅(岡山県、JR因美線)

寅さん最後の舞台「永遠に」

美作(みまさか)滝尾駅
「寅次郎紅の花」は、駅を管理する父親に娘が自転車で弁当を届けに来るシーンから始まる
美作(みまさか)滝尾駅 地図

 〈美作滝尾駅ほど美しい駅は、もう日本のどこにもありません〉。映画監督、山田洋次さんからの手紙が、鍵のかかった駅員室で大切に保管されている。

 ところどころ色づいた山々と、稲株が点々と残る田んぼに囲まれた無人駅。1928年の開業時の姿を残す木造駅舎で「男はつらいよ」シリーズ最終作「寅次郎紅(くれない)の花」(95年公開)の冒頭シーンは撮影された。ホームでトンボを捕まえようと指を回す寅さんを演じた渥美清さんは、公開翌年に帰らぬ人になった。

 「きちんと手入れされた駅舎に、地元の人の愛情やあるがままの営みを感じました」と助監督を務めた松竹撮影所の阿部勉さん(56)。下見に訪れた駅を山田監督とスタッフは黙々と見て回ったという。「地元の人たちはこんな辺鄙(へんぴ)な駅がいいのかと、不思議そうでしたが」

 駅舎は国鉄時代の70年、津山市に払い下げられた。ホームや周囲の清掃、駅舎の鍵の管理などは地元の堀坂町内会が担う。「都会から来た人がホームにじっと座っていることがあります。ここにいると落ち着くって」と前会長の山本智英さん(74)。現会長の内田晶二さん(65)が「私らなんか、列車はまだ来ないんかって待ってるだけだがね」と応じた。

 かつては同じ形の駅舎が全国にあったが、原形をとどめているところは珍しくなった。「よほど運が良かったか、開発から取り残されたのか」。因美線を観光に生かす活動を続ける「みまさかローカル鉄道観光実行委員会」幹事長の小西伸彦・吉備国際大准教授(55)は笑う。

 山田監督からの手紙は、こう結ばれていた。〈日本の良き時代のシンボルのようなこの駅が、永遠にそのままであってくれることを、寅さんと共に心から願ってやみません〉

 文 河瀬久美撮影 上田頴人

 

 JR因美線は鳥取駅(鳥取市)と東津山駅(岡山県津山市)を結ぶ70.8キロ。美作滝尾駅を通る列車はすべて、東津山駅隣の津山駅まで乗り入れる。

 津山駅には全国で2番目に大きい旧津山扇形機関車庫があり、ディーゼルカーなど9両を保存・展示する。直径約18メートルの転車台もある。4~11月に一般公開も。冬季は問い合わせを。美作河井駅にも、2007年に鉄道ファンらが「発掘」したという手動式の転車台が残る。

 地元の名物、津山ホルモンうどんが食べられる店は、津山駅周辺を中心に点在する。

 いずれも問い合わせは津山市観光協会(0868・22・3310)。

 美作滝尾駅舎は木造平屋建て約30平方メートル。因美線の開通にあわせて開業した、昭和初期の標準的小規模駅舎。2008年に国の有形文化財に登録。開業時の木製改札口などが残る。待合室には「男はつらいよ」撮影風景の写真が飾られている=写真

美作滝尾駅舎

  

(2013年12月24日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

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