街の中に蜃気楼のように浮かび上がるガラスの建物。その名は「結晶」。なぜ、この名前がつけられたの?
浦和駅から車で約5分。交差点の角にガラス張り、3階建ての商業ビルが見えてくる。ガラスに街の景色が映り、季節や時間帯によって移ろう姿が道ゆく人の目を引く。
人が孤立せず、ゆるやかにつながることができる場所をつくりたい――。近隣で育ち、かつてこの地で商店が栄えていた頃を記憶する施主の望月陽子さん。その思いに応えて、建築家・藤野高志さん(49)は「信号機や電柱のように、街のなかにふと現れて、人の動きや風景の中に自然に溶け込む建物」を思い描いた。
望月さんが藤野さんに設計を依頼するのは、これで7軒目。互いの考えを率直に伝え合い、形を帯びていった。
建物には窓を開閉できるアルミサッシを多く用いた。都市にいながら自然の気配が感じられるのは大きな魅力だ。風が通り抜け、外の音が程よく届くことで、内と外の境界がゆるやかになる。構造や配管はあえて隠さず、「都市の素肌」をそのまま室内に引き込むように仕上げた。
ファサード(正面)を交差点に開き、階段を建物の角から中心に向けて延ばすことで、室内の交差点寄りのガラスの壁は「45度」に向かい合うよう配置された。「窓の外の風景が、45度のガラスで複雑に反射し合う。都市の動きを建築に引き込みたいと考えました」と藤野さん。
2階でハーブとドリンクの店を営む中村智美さんは「内外から丸見えですが、カーテンや窓を開け閉めすることで外や人と無理なく関われる。ちょうど良い距離感を保てます」。レコードのオンライン販売をする小林美憲さん(42)は「狭いけれど集中できる。下校時の子どもたちの声や車の音が聞こえるのが、かえって心地よい」。
「結晶」という名前には、人の気配や思いが少しずつ集まり、形になっていく過程が重ねられている。「以前、地域の方々にビルのことを知っていただくため、入居者でマルシェを開催しました。この建物が皆さまの居場所になってもらえたらうれしいですね」と望月さん。都市と自然、個と社会。その間に「結晶」は今日も静かにたたずんでいる。
(片山知愛、写真も)
DATA 設計:生物建築舎 《最寄り駅》:浦和 |
車で約10分。江戸時代の米蔵を改修したレストランmukuroji(☎048・711・7377)では、フレンチをベースに和を織り交ぜた創作料理をコースで提供。季節ごとに旬の食材が味わえる。ランチ5千円、ディナー1万円。正午~午後3時、6時半~10時。火・水曜日休み。