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建モノがたり

顔の家(京都市)

古都になじんで目立つ 現代の町家

入り口はドアの枠で歯を表現している 耳に見える部分はベランダ 鼻の内側は2階の部屋の換気口になっている 1階に入る店舗「FACE HOUSE」 建物向かって1階左半分に設けられたギャラリースペース 中の灯りが漏れた夜の様子

伝統が息づく京都の中心地に、半世紀前に登場した斬新な建物。その価値が今、改めて見直されている。

 

 二条城や京都御所のほど近く。町家が並ぶ静かな通りに、存在感を放つ一軒がある。人の顔をモチーフにした建物「顔の家」だ。

 手がけたのは「数寄屋橋交番」(東京)などで知られる建築家の山下和正さん(88)。グラフィックデザイナーだった故・辻勉吾さんが、「現代の町家として目立つ家を」と自宅兼事務所を依頼し、51年前に誕生した。

 「ややこしいものより、シンプルな方が目立つ」と山下さん。建物を角形にして低コストと耐震強度を両立させ、外観のデザインで個性を出した。最も苦労したのは鼻の形とか。顔のパーツはバランスが難しく、表情が生まれるとグロテスクになってしまうという。

 建物各所は人の体の機能と呼応する。外の音が聞こえるベランダが耳、景色を見る窓が目、換気口は鼻、出入り口は口だ。「形をそぎ落とした上で住宅の機能も満たそうとしたら、こう集約されていきました」

 古都に出現した奇抜な建物だが、反対する住民はいなかったという。「ようやく京都でもこういうものをつくるようになったか」と、懐深く受け入れられたと山下さんは振り返る。

 現在、顔の家に住むのは、辻さんの息子の勇佑さん(61)一家。妻の和美さん(36)は「内部は通常の家と変わらず、普通に生活しています」と笑う。

 ただ、顔の家の建築模型がパリの文化施設ポンピドゥー・センターに収蔵されていることもあり、多くの外国人観光客が来訪。建物を撮影する姿に、近隣へ申し訳なく思う気持ちがあった。

 和美さんは、自ら顔の家のことを発信し地域へ寄り添うべきだと昨年11月、1階にギャラリーと雑貨の店「FACE HOUSE」を開いた。ギャラリーを井戸端会議の場に提供すると、多くの人が訪れ、外国人へ英語で案内する住民も。「外国の方から直接、来られて幸せだと聞く機会ができ、私もその幸せをお裾分けいただいたような気持ちになれます」

 今の目標は、10年計画でこの場をコミュニティースペースにすること。顔の家では、今日も様々な人たちが顔を合わせる。

(中村さやか、写真も)

 DATA

  設計:山下和正
  階数:地上3階
  用途:店舗兼住宅
  完成:1974年

 《最寄り駅》:丸太町


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 体験型の展示で香りの文化を紹介する松栄堂 薫習館(くんじゅうかん、☎075・212・5590)へは徒歩5分。創業三百余年のお香の老舗・松栄堂が京都本店の隣で運営する。頭を入れて香りを楽しむボックスや、お香の原料が香るポンプ式の装置、ビャクダンの大木などがある。午前10時~午後5時。不定休。

2025年9月9日、朝日新聞夕刊から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください

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