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建モノがたり

神長官守矢史料館(長野県茅野市)

神事に重なる4本柱「縄文的」姿で

屋根を突き抜ける4本の柱は、地元産のイチイの木。藤森さん自ら切り出したという

 長野県のJR茅野駅から車で約10分。諏訪大社の近くで、一角獣の化身のような建物にたどり着いた。

 なだらかな石葺きの大屋根を4本の柱が勢いよく貫いている。まるで土から生えた木々が空に向かって伸びているようだ。

 周囲の緑に溶け込みながらも強い存在感を示すのは「神長官守矢史料館」。諏訪大社・上社の祭祀をつかさどる「神長官」を務めていた守矢家の古文書を保存し、展示している。

 「最初、すごく困ったんです」。この建物が建築家としてのデビュー作となった藤森照信さん(78)は、開館した34年前を懐かしそうに振り返る。

 茅野市出身で、守矢家78代当主と幼なじみだった藤森さん。その縁で市から設計を依頼された。

 当時45歳。国内外の建築や歴史を研究する建築史家として広く知られていたが、設計は大学の課題以来。「藤森にやらせてみたら、こんなもんか」と笑われないかと気をもんだという。

 縄文時代の名残を伝える守矢家の歴史をどう表現するか。文化財を保存する機能をどう確保するか―。

 スケッチを描いている時に偶然、鉛筆の線がはみだして、立柱が突き抜けるように見えた。山からひきだした巨木を社殿の四隅に立てる諏訪大社の御柱祭の場面と重なった。守矢家が執り行ってきた神事を表現する4本の柱のイメージにつながった。

 史料館として構造体は鉄筋コンクリートとしつつ、目に見える部分に自然素材を用いた。屋根は耐火性や耐水性に優れた特産の鉄平石でふいた。内壁はわらを混ぜたモルタルの上から地元の土を薄く塗り重ね、外壁は割り板をそろえた。

 「凍結融解を繰り返す厳冬に耐えられるつくりに仕上げた。友人だった芸術家の赤瀬川原平に『縄文的だ』と言われてほっとしたのを覚えています」

 中世の諏訪地方の歴史を伝える史料館。館長の鵜飼幸雄さん(71)は「建材の色みや質感に変化が現れ、より風格のある佇まいとなっています」。外壁は黒みを帯び、キツツキがあけた穴もある。「建築目当てに訪れる人も多いんです」

 建物のまわりに植えたのはオカメザサ。「獣が草むらにいるみたいでしょ」と藤森さん。風が吹くたびにササの葉がざわめき、獣が駆け抜けたように感じた。

(尾島武子、写真も)

 

 DATA

  設計:藤森照信、内田祥士
  階数:地上2階
  用途:史料館
  完成:1991年

 《最寄り駅》:茅野


建モノがたり

  歩いて約3分の空飛ぶ泥舟は、藤森さんがつくった広さ3畳ほどの茶室。両脇の支柱にワイヤをかけてつり上げ、地上から約3・5メートルの宙に浮かんでいる。樹上に立つ茶室高過庵と半分地下に埋まっている竪穴式の茶室低過庵も藤森さんの設計で、いずれも徒歩圏内にある。

神長官守矢史料館_茅野市ホームページ
https://www.city.chino.lg.jp/soshiki/bunkazai/1639.html

(2025年9月30日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

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