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深海の宇宙 時代を超えていく酒造り

 「深海の宇宙」(しんかいのそら)という銘柄のお酒があります。酒造りで使う酵母は宇宙船で培養され、さらに水深6000メートルの深海で生き残ったものが使われています。スケールの大きなネーミングに負けない物語が、味わいや香りを深めています。 

 このお酒を造っているのは、高知県安芸市の有光酒造場です。明治36年(1903年)創業の老舗で、当時の酒蔵をいまも大切に手入れを重ね、4代目の有光尚さん(67)が受け継いでいます。 

 

 

 清流の近くでくみ上げた井戸水を仕込み水に使うことで、やわらかく、やさしさのある日本酒を造る酒蔵です。

 そのなかでも、「深海の宇宙」は、かすかに酸味が感じられ、甘みと旨みのバランスが絶妙です。「バナナ系のフルーティーな香りが広がり、ワインのような食中酒として楽しめます」 

 この味わいのベースとなっているのは、「山田錦」の特性を受け継いだ高知県産米「吟の夢」で、珍しい酵母が発酵させるときに香りをつくり出しています。 

 「宇宙に行って帰ってきた酵母です。そのロマンを感じ、宇宙に思いをはせながら楽しんでいただければと思って造っています」 

 

◆地方から宇宙へ 

 話が持ち上がったのは20年ほど前になります。地元企業や研究者、県庁の担当者らがつくるグループから、地域の蔵元でつくる県酒造組合に一つの提案が寄せられました。「酵母を宇宙に旅立たせ、その酵母で宇宙酒をつくりませんか」 

 グループは、1997年の高知工科大の創設に関わったメンバーが多く、宇宙飛行士やJAXA(宇宙航空研究開発機構)に近い研究者がいました。「国際宇宙ステーションの利用を地方の企業も考えていい。何かできないだろうか」。酒を酌み交わす中で浮かんできた構想でした。 

 「空と言えば、有光だろう」。模型飛行機作りが好きな有光さんは酒造組合から薦められ、グループに混ざっていきます。日本酒の出荷量が減少傾向にあり、酒造組合も担当する「土佐宇宙酒委員会」を発足させ、打ち上げ費用の一部を負担し、県工業技術センターと酵母選びを進めます。 

 2005年10月、JAXAやJAMSS(有人宇宙システム株式会社)の仲介をへて、ロシアの宇宙船ソユーズで酵母はカザフスタンから宇宙に旅立ちました。 

 10日間の宇宙滞在をへて無事、帰還します。宇宙酒第1号の蔵元の一つとなった有光酒造場では11月、2本のフラスコに入った「宇宙酵母」を醸造樽に流し込みました。年明けの初搾りでは、「思い入れが強かったからか、香りがよく出ていました」。4月に販売すると、例年の倍ほどの売り上げがありました。 

 

 

◆空から海へ 

 土佐宇宙酒がブームになるなか、品質を保つために「土佐宇宙酒審査会」を開いています。国税局の鑑定官や酒造技術者が味や香りをチェックします。ブームが落ち着いてからも、ロケット愛好家や星空観察が好きな人たちから購入が続きます。 

 

 

 宇宙酒を世の中に送り始めてから約10年後。「今度は酵母を深海に沈めてみませんか」。県工業技術センターと、海洋研究開発機構の高知コア研究所が、新たなアイデアを立ち上げます。 

 「面白いっちゃー。そういえば宇宙へ飛ばそうといったときも、こんな感じのノリだったかなあ」。おおらかな高知の酒造り職人たちは、またしても乗り気になります。 

 2019年、南鳥島周辺の深海に無人探査機で「宇宙酵母」を沈め、1年後に取り出しましたが、酵母は全滅していました。技術センターで研究を重ね、2021年に再チャレンジ。茨城沖の水深6200メートルで4カ月間、600気圧に耐えた酵母がわずかに生き残りました。 

 「酵母菌の細胞壁が厚いことが研究者によって確認されました。少し酸味があるお酒ができあがりました」。技術センターによると、宇宙と深海を旅した酵母の生存確率は3億分の1。その希少な「宇宙深海酵母」は、高知の酒造りを彩っていきます。 

 

◆伝統と挑戦

 「深海の宇宙」のラベルは、有光さんの長女、由(ゆう)さんが友人とデザインしました。天の川や星空をイメージした色合いで、銘柄は「Shinkai no Sora」と英文字でソフトな書体で表示し、シャンパンのボトルのようです。 

 

 

 由さんは、高校卒業後に筑波大学に進学し、看護師として働いていました。県外に出て、有光酒造場が造る日本酒のおいしさを再認識し、家業に戻ってきました。得意先まわりや海外への販路拡大に力を入れています。

 「給料がダダ下がりだって、ずいぶん怒られましたけど」。歴史のある酒蔵の後継者に悩んでいた有光さんは、言葉とは裏腹にうれしそうな笑顔をみせます。 

 

 

 有光酒造場では、3代目がブランド化した「安芸虎」という銘柄があります。戦国時代、自らの命と引き換えに家臣を守ったという逸話が残る武将「安芸國虎」にちなんだ名前です。 

 いま、4代目として、端麗辛口の高知らしい日本酒を守りつつ、深海宇宙酒や、ほかにも新しく開発された酵母菌を使ったソフトな酒づくりにも挑戦しています。 

 伝統の酒造りを守るために、新しい酒造りにチャレンジする――。老舗の柔軟さと力強さは、時代を超えて引き継がれています。(野村雅俊)

※画像は有光酒造場提供

  

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