上絵金彩綾棒踊(あやぼうおどり)図花瓶
山吹色から青色へ。本作品にも見られる鮮やかなグラデーションを得意としたのは明治時代に活躍した京都の窯元・九代帯山与兵衛(1856~1922)。技巧的な造形と華麗な色使いが、海外で高い評価を得た。
水を入れる本来の役目よりも、今でいうフィギュアのような要素が強くなった水滴もある。すでに桃山時代ごろには猿や牛、スズメなどの形が作られ、中にはほとんど水が入らないものも。
戦前の有田産と思われる本作は、鋳込み成型で前面と背面を貼り合わせてある。つなぎ目にはみ出した粘土が残り、底には穴が開いた不良品だが、主任学芸員の小川裕紀さんは「童子の産毛の繊細さ、目や口元の柔和な表情が伝わる筆遣いで、背面まで丁寧に彩色されています」と話す。
当時はやった射的場の的や、開店祝いなどの引き出物としたのか、様々な陶産地で類似のものが作られ、広く流通した。七福神や招き猫といった縁起物のモチーフが多いという。
量産型の水滴が作られたのはこのころが最後で、以降は安価で手軽なスポイトに取って代わられた。