読んでたのしい、当たってうれしい。

私の描くグッとムービー

榛野なな恵さん(漫画家)
「ベニスに死す」(1971年)

大好きを集めた小さな世界

 林家木久扇さん(落語家)「鞍馬天狗 角兵衛獅子」(1951年)

 

 中学から高校にかけて、生き辛さをものすごく感じていて、学校に行かず映画館に通っていました。映画には、現実よりも10センチくらい地上から離れている、違う世界に連れて行かれる喜びがあったんですよね。そんな中で、最も自分の心に入りこんだ一本です。

 船が暗い海を行く。マーラーの音楽と共に、徐々にベネチアの街並みが見えてくるオープニングは、一緒に異世界に入って行くんだという感じがしてワクワクしました。1911年、ドイツの有名な作曲家グスタフが静養のためにベネチアを訪れ、そこで出会った美少年タジオに心を奪われます。当時も、タジオ役であるビョルンの美しさは話題になっていて、友人たちと盛り上がっていましたが、今思うと、それは重要ではなかったですね。

 登場人物の洋服はくすんだ白やローズ。天気はいつも曇りで、画面の色数は少ないのですが、むしろそういう部分に心が落ち着きました。周りから隔絶されたベネチアの街を、あてどなく作曲家がさまようシーン。あの、異世界に迷いこむ感じがすごい好きです。

 作中は、人物に関する説明がそんなにありません。少年と作曲家も、あまり言葉を交わさない。少年が主人公を滅ぼすというストーリーの神話みたいだと思いました。私好みのものだけがそろった詰め合わせみたいな作品だから、昔も今も、飽きずに何度でも見ていられるんですね。

聞き手・西村和美

 

  監督=ルキノ・ビスコンティ
   製作=伊・仏
   出演=ダーク・ボガード、ビョルン・アンドレセンほか
はるの・ななえ
 1月24日生まれ。最新刊「Papa told me Cocohana Ver.【3】~薔薇色の休日~」(集英社)が9月25日に発売。
(2014年9月19日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

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