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私のイチオシコレクション

中村キース・ヘリング美術館

にっこり 小児病棟にアートの力

中村キース・ヘリング美術館
「マウント・サイナイ病院のための壁画」 1986年 132×530センチ
 シミックホールディングス株式会社蔵 
中村キース・ヘリング美術館 中村キース・ヘリング美術館

 1980年代アメリカを代表する芸術家キース・ヘリング(1958~90)の作品に私が出会ったのは87年、出張先のニューヨークで偶然のことでした。以来収集を続けた作品を多くの人に見てもらおうと2007年、自然に恵まれた八ケ岳の裾野に当館を設立。約300点の作品と約500点の資料を所蔵し、毎年テーマを決めて展示を行っています。

 「マウント・サイナイ病院のための壁画」はニューヨークにある病院の小児病棟の壁に描かれた幅5メートルを超す大作です。背景の黄色は壁紙の色で、病院改築の際にはがされ、長く保管されていました。破れやコンセント部分の切り抜き、丸めておいた時にできた傷みを修復し、34年ぶりの公開になります。

 ヘリングが描く人や生き物には、目鼻口がないことも多いですが、ここに描かれた空想上の生き物たちはにっこり笑っています。外の世界と隔離された子供たちを励ましたい、そんな優しさを感じます。

 絵が描かれたのは建設時ではなく、病棟で実際に子供たちが過ごす中でした。入院中の子供たちも制作を見守りながらワクワクしたんじゃないかな。「アートが力になる」とは、まさにこのことだと思います。

 私たちが「ピープル」と呼ぶ無題の作品には黒い輪郭線、迷いのないドローイングライン、明るくポップな色使い、とヘリング作品の基本的な要素が詰まっています。画面を埋め尽くす人々の顔は描かれておらず、人種も性別もわからない。受け手次第で様々なメッセージが受け取れる作品です。

 エイズ撲滅など社会的活動でも知られたヘリングの作品は戦争や差別といった社会の暗部にも問いを投げかけます。しかしその訴え方は明るく、苦しみの中にいる人にも希望やエネルギーを与えるものだと思います。

 

(聞き手・伊東哉子)


 《中村キース・ヘリング美術館》 山梨県北杜市小淵沢町10249の7。[前]9時~[後]5時(入館は30分前まで)。1500円。2点は「キース・ヘリング:NYダウンタウン・ルネサンス」展(2024年5月6日まで)で展示中。

 All Keith Haring Artwork ©Keith Haring Foundation Courtesy of Nakamura Keith Haring Collection

なかむら・かずお

館長 中村 和男

 なかむら・かずお 京都大学薬学部卒。1992年、医薬品開発支援のシミック(現在はシミックホールディングス)を創業、代表取締役。 photo by Eiji Tokuno(CHROME)

(2023年6月20日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

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