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私のイチオシコレクション

カスヤの森現代美術館

作家の分身 自由に心通わせて

李禹煥 (奥)「対話」 2009年 3.16×4.07メートルの壁に53×50センチのペイント 漆喰(壁)、アクリル(ペイント)  (手前)「関係項」 24年 2×1.5メートル×3.3センチ(ガラス) 自然石、ガラス

 横須賀の古くからある竹林を背景にした当館は1994年、実家の里山を切り開いて開館しました。戦後のアートシーンを代表する現代美術家の作品を収集しています。

 作品「対話」は2009年、李禹煥(リ・ウ・ファン)さん(89)が開館15周年にあわせて制作して下さいました。部屋の白い壁面に、一筆で打たれたかのようなグレーの「点」。周囲の余白も重要な意味を持つ、彼の代表的な表現です。
 李さんは点の型紙を壁に当ててどこに描くかを決めると、特注の平筆にアクリル絵の具をとり、何度も色を重ね、白からグレーのグラデーションを完成させました。盛り上がる色の濃淡から、李さんが作品に向き合った時間が見えてきます。
 24年の30周年の際には、石とガラスで構成するシリーズ「関係項」の作品が加わりました。こちらは一目で空間を把握され、完璧な位置に配置されました。描かれた点、動じない石、透明なガラス。長い年月をかけて李さんが紡いでこられたことが、確かな一つの空間彫刻となったのです。
 「ボイス足跡を印す」は、ドイツの現代美術家、ヨーゼフ・ボイス(1921~86)の足形を、現代美術家の夫、若江漢字(81)が石膏(せっ・こう)で取り、ブロンズにしたものです。ボイスの美術活動に尊敬の念を抱く若江が82年に渡独した際、「あなたの足跡を日本に残したい」と直談判したところ、ボイスは快諾。翌年、石膏が固まるまでの間、微動だにせず付き合ってくれたことで生まれた若江との共作です。
 84年、来日したボイスは開口一番「あの足形、ブロンズに変えたか?」と。石膏のもろさを気にかけていたのです。分身として託した作品への細やかな配慮と深い愛情に胸打たれました。作品は作家の分身。それをいかに守り抜くか。巨匠との交流の記憶が美術館を築く原動力となりました。
 現代美術は難解に思われがちですが、答えを出す必要はありません。知識がなくても、素材の質感や作家の考えに触れれば、自由に心を通わせることができます。森の中で新しい目が開くような発見を、楽しんでもらえたらと願っています。

  (聞き手・片山知愛)


 《カスヤの森現代美術館》 神奈川県横須賀市平作7の12の13(☎046・852・3030)。[前]10時~[後]5時半(入館は30分前まで)。800円。[月][火][水]と展示替え期間、年末年始休み。

 

わかえ・はるこさん

  館長 若江 栄戽さん

 わかえ・はるこ  学生時代に油絵と銅版画を学ぶ。1975年、夫・若江漢字氏と渡独し、現代アートの面白さに開眼。美術館開館を志すきっかけとなる。82年、文化庁芸術家在外研修員になった夫と再渡独し、現地の大学で聴講。94年から現職。

カスヤの森現代美術館
https://www.museum-haus-kasuya.com/

(2026年2月3日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。入館料、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

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