読んでたのしい、当たってうれしい。

私のイチオシコレクション

滋賀県立美術館

実は日記 「生の芸術」の熱量

「日記」(表) 戸來貴規 2006年=麥生田兵吾氏撮影

 幾何学模様のように見えるのは、実は文字や数字です。月日や気温などを細長く引き伸ばしたり塗りつぶしたりした「日記」。作者の戸來(へ・らい)貴規(たか・のり)さん(1980年生まれ)は、入所していた障害者支援施設で1日1枚ずつ仕上げ、膨大な量を束ねていました。

 表面には「2月27日 28℃」とありますが、実際に書いた月日と異なるそうです。気温は、日付に1を足すのが決まりのよう。裏面は、毎日同じく「きょうはラジオたいそうをやりました みそしる うめぼし……」。
 20年ほど続いたこの営みは、施設職員によって日記と判明して世に出て「アール・ブリュット」として評価されました。その一部を当館が所蔵しています。
 アール・ブリュットは、フランスの画家ジャン・デュビュッフェが提唱した概念で、日本語訳は「生(なま)の芸術」。「障害者の芸術」ととらえられがちですが、本来は、既存の文化の影響を受けない独創的な表現をいいます。ただし日本では、主に障害者の造形活動から生まれた作品が注目されてきたという経緯があります。
 滋賀県は全国に先駆けて福祉施設の造形活動が盛んで、アール・ブリュットと評価される作品が多く生まれたことから、2016年に当館の収集方針の中にアール・ブリュットを加えました。所蔵数は今年度で790件になる見込みです。
 「日記」は国内外で紹介されてきましたが、戸來さんにとっては作品というより生活の一部といえるかもしれません。「作るとは何か」と問いかけてくるようです。
 熊本県出身の塔本シスコ(1913~2005)は50代で本格的に絵を始め、膨大な数の作品を残しました。とらえ方によってはアール・ブリュットの定義にも接しうる、美術教育を受けていない独学の画家です。「秋の庭」は花やチョウが文様のように描き込まれ、孫たちと自身の姿も。画法にとらわれず好きなものを描いた絵は多幸感に満ちています。

 (聞き手・木谷恵吏)


 《滋賀県立美術館》 大津市瀬田南大萱町1740の1(☎077・543・2111)。[前]9時半~[後]5時(入館は30分前まで)。原則[月]休み。「日記」は夏以降、北海道などで展示。

◆滋賀県立美術館 https://www.shigamuseum.jp/ 

 

やまだ・そうさん

学芸員 山田創さん

 やまだ・そう 滋賀県出身。同志社大大学院修了、2022年から現職。アール・ブリュットなどを専門とし、24年の展覧会「つくる冒険 日本のアール・ブリュット45人」などを企画。

(2025年3月25日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

私のイチオシコレクションの新着記事

  • 台東区立一葉記念館 枠外までぎっしりと。肉筆が伝える吉原周辺の子どもたちの心模様。

  • 京都国立博物館 中国・唐と日本の技術を掛け合わせた陶器「三彩蔵骨器」。世界に日本美術を体系的にアピールするため、「彫刻」として紹介された「埴輪(はにわ)」。世界との交流の中でどのようにはぐくまれてきたのでしょうか?

  • 昭和のくらし博物館  今年は「昭和100年」ですが、昭和のくらし博物館は、1951(昭和26)年に建った住宅です。私たち小泉家の住まいで、往時の家財道具ごと保存しています。主に昭和30年代から40年代半ばのくらしを感じられるようにしています。この時代は、日本人が最も幸福だったと思います。日本が戦争をしない国になり、戦後の混乱期から何とか立ち直り、明るい未来が見えてきた時代でした。

  • 国立国際美術館 既製品の中にある織物の歴史や先人の営みを参照し、吟味し、手を加えることで、誰も見たことのないような作品が生まれています。

新着コラム