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私のイチオシコレクション

平塚市美術館

内面からにじむ 女性たちの人生

「女人卍」 1972年 184.1×152.7センチ 彩色・紙

 卍形に並んだ5人の女性。歴史上の人物がモチーフになっていますが、それぞれ誰か分かりますか? 左上から時計回りに歌舞伎をはじめた人物と言われている出雲の阿国、細川ガラシャ、樋口一葉、江戸中期に活躍した俳人の加賀千代女、中心にいるのは淀君です。

 この「女人卍」を描いた北澤映月(1907~90)は京都に生まれ、上村松園や土田麦僊のもとで日本画を学んだ女性の画家です。生涯を通して女性像をテーマに作品を制作し、特に時代考証に基づいた理知的な描き方を得意としました。

 「女人卍」に描かれている5人はその人を象徴するような道具を持っています。金箔が薄く貼られた背景に描かれている桜の花びらは、人生のはかなさを表しているのでしょうか。

 モチーフに選ばれた5人はみな、華やかに生きたように見えながらも時代や運命に翻弄された人々ですよね。感情の表現を大事にしていた映月は、5人を通じてままならない人生を生きる女性の内面性を表現することを試みました。

 「花」は50年代の作品です。日本の敗戦で文化的価値観が揺らぎ、伝統を象徴する日本画全体が批判にさらされる中で、映月を含めた若き日本画家たちは、新たな画面構成や同時代のモデル起用など新たな挑戦を試みます。「花」も西洋画の厚塗り技法で描いていたりと日本画の課題に意欲的に取り組んでいる一方、画材は日本画の岩絵の具を使っています。西洋の技法を採り入れつつも、日本画の美しさを示そうとしたように思います。

 当館では女性の画家に関する展覧会を多く企画してきました。その活動が評価され、映月の作品や資料の一括寄贈を受けたことで、没後35年という記念の年に全国でも33年ぶりとなる回顧展が実現しました。所在不明だった作品をはじめ、模写や下図など制作する上で重要な資料を含めた約150点を展示し、映月の画業全体を見渡せる展覧会になっています。

(聞き手・中山幸穂)


 《平塚市美術館》 神奈川県平塚市西八幡1の3の3(☎0463・35・2111)。午前9時半~午後5時(入館は30分前まで)。原則(月)(祝休の場合は翌平日)、年末年始休み。「北澤映月展」は30日まで。900円。

◆平塚市美術館:https://www.city.hiratsuka.kanagawa.jp/art-muse/index.html

 

いえだ・なほ

学芸員 家田奈穂さん

 いえだ・なほ 神奈川県出身。学習院大学大学院人文科学研究科哲学専攻修了。2014年から現職。専門は日本近代美術史。

(2025年11月4日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

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