読んでたのしい、当たってうれしい。

私のイチオシコレクション

日本銀行金融研究所貨幣博物館

猫から小判 庶民に根付く「お金」

「肴や喜三郎 坂東三津五郎」 初代歌川豊国 1816年

 魚をさばく男と見つめ合う猫。くわえた巾着から、黄金色の小判があふれ出る。この浮世絵「肴(さかな)や喜三郎坂東三津五郎」(1816年)の題材は、貧しい魚屋に猫が小判を届けた――という瓦版の話題を採り入れた歌舞伎「褄重噂菊月(つまがさねかねてきくづき)」。役者絵の名手、初代歌川豊国(1769~1825)の作です。

 当館は貨幣だけでなく、浮世絵や財布など、関連資料も所蔵しています。中核は古貨幣収集家の田中啓文氏が1944年、戦禍を逃れるため日本銀行に寄贈したコレクション。多様な資料は、人々の暮らしぶりやお金への意識、世相を映し出します。
 江戸初期、幕府は貨幣の製造体制を整備し、金貨、銀貨、銭貨からなる貨幣制度を確立しました。金貨の小判1枚=「1両」は今の何円にあたるのか。世の中の仕組みが異なるため簡単には換算できませんが、江戸中期の公定相場では1両が銭4千枚分。そば1杯が銭16枚とされたので、1両がいかに高額かをうかがい知ることができます。
 当時の庶民が小判を手にするのはめったにないこと。本作の魚屋さんも、猫が届けた大金に驚いたことでしょう。貨幣制度ができて200年ほど経ち、お金は暮らしに欠かせないものとなって、歌舞伎や浮世絵に登場するほど価値が浸透したことも示しています。
 貨幣の浸透を支えたのは高い製造技術でした。幕府が初めて発行した小判「慶長小判」は、ござ目と呼ばれる横筋のきめ細かさが特徴。品質の証しとして、金貨を製造した金座トップの後藤光次の名と、扇形に桐(きり)の紋の極印が打たれています。品位と呼ばれる金の含有率や、重さ、サイズも統一し、偽造を防いで信用を得るための工夫が施されたのです。
 幕府は流通量調整や財政難対応で、金の含有量を変えた新小判を発行する改鋳(かいちゅう)を何度も行いました。常設展に並ぶ江戸時代の小判10種類を見比べるのもおすすめです。

(聞き手・木谷恵吏)


  《日本銀行金融研究所貨幣博物館》 東京都中央区日本橋本石町1の3の1(☎03・3277・3037)。[前]9時半~[後]4時半。原則[月]、29日~1月4日休み。無料。歌川豊国の浮世絵は開館40周年・リニューアル10周年記念企画展「シンカする。貨幣博物館」(2月1日まで)で展示中。

せきぐち・かをりさん

  主任学芸員 関口かをりさん

 せきぐち・かをり 東京都出身。2001年から同館に勤務。専門は日本近世史。

日本銀行金融研究所貨幣博物館
https://www.imes.boj.or.jp/cm/

(2025年12月23日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。入館料、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

私のイチオシコレクションの新着記事

新着コラム