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私のイチオシコレクション

世田谷美術館

暮らしに息づく「美」の味わい

北大路魯山人「染付葡萄文鉢」 1941年 高さ12.3センチ、口径21.0センチ

 郊外住宅地として発展してきた東京都世田谷区には、様々な分野の文化人も集まりました。こうした地域性もあって、当館の大きな活動テーマは「暮らしと美術」。生活と密接に関わり、日々を豊かにする美術を探求しています。

 コレクションの柱の一つが、北大路魯山人(きたおおじろさんじん)(1883~1959)の器や書画157件です。作陶や料亭のディレクションなど多彩な魯山人の活動を支援したのが、世田谷に住んでいた実業家の故・塩田岩治氏。収蔵品は塩田夫妻の愛用品でした。
 「染付葡萄文鉢(そめつけぶどうもんばち)」には、縁の一部に金継ぎが施されています。焼成時すでに欠けた状態でしたが、塩田氏は気に入って購入。自ら金継ぎをしており、とても大切に使っていたことが伝わります。
 2人の交流は、ボーリング会社社長の塩田氏が魯山人の窯場の水の出を改善したことに始まりました。気難しいと言われた魯山人ですが、塩田氏とは心を通わせていたのでしょう。コレクションの器は長年の親交を通じて塩田氏の手にわたり、夫妻が日常的に使ったもの。暮らしの中にある「美」を感じます。
 それは、当館が収集方針の柱とする素朴派の作品にも通じます。美術の専門教育を受けず独学で創作した画家たち、その筆頭格のアンリ・ルソー(1844~1910)はパリ市の入市税関に勤めながら絵を描き始めました。「フリュマンス・ビッシュの肖像」のモデルはルソーが思いを寄せた女性の夫、いわば恋敵。恋敵が亡くなった時、ルソーは女性にこの絵を贈ったのです。
 正面を向き、影がなく宙に浮いているような姿には不思議な味わいがあります。ルソーはなぜこの絵を描いたのか。彼にとって描くことは、日々の生活や生きることと切り離せなかったのではないでしょうか。
 当館は今年開館40年。所蔵品は近現代美術が中心で、写真、本の装丁、アフリカ現代美術など幅広いのですが、開館時からあるこの2点は当館の出発点ともいえるコレクションです。

(聞き手・木谷恵吏)


《世田谷美術館》 東京都世田谷区砧公園1の2(☎03・3415・6011)。[前]10時~[後]6時。原則[月]休み。220円。2点は「開館40周年記念 世田美のあしあと 暮らしと美術のあいだで」で展示(4月12日まで)。

 

はしもと・よしやさん

  館長 橋本 善八さん

  はしもと・よしや 1984年から開設準備室に勤務。86年の開館時から学芸員として世田谷ゆかりの作家を紹介する三つの分館開設、展覧会「企業と美術シリーズ」など担当。2024年から現職。

世田谷美術館
https://www.setagayaartmuseum.or.jp/

(2026年2月24日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。入館料、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

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