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私のイチオシコレクション

二本松市智恵子記念館

紙絵に託した 光太郎への愛と感性

1937~38年ごろ 16.3×16.5センチ 東京で入院中に制作

 大胆な配色とシンメトリーの構図。シンプルかつ目を引くこの「紙絵」は、高村光太郎の詩集「智恵子抄」のモデルとして知られる妻、智恵子(1886~1938)が最晩年、紙を折り、切り抜いて作った作品です。

 「東京には空がない」とこぼした智恵子は、当館がある福島県油井村(現二本松市)の造り酒屋の家に生まれました。大学を卒業後、女性としては当時まだ珍しい洋画家として歩み始めますが、芸術界の巨匠になっていく夫とは対照的に、徐々に心身を病んでいきます。創作活動の行き詰まりが一因ともいわれます。

 しかし亡くなる約2年前から病床で紙絵作りに没頭し、千数百点もの作品を残しました。本作は、ピンクと青の反対色の組み合わせが印象的です。当時は配色が病的と指摘されたこともありましたが、感性の赴くままに表現した、智恵子の芸術性が存分に開花した作品の一つです。

 紙絵は、病床で誰にも見せず、ひそかに作られました。千代紙や包装紙、薬の袋が、マニキュアはさみを使って大胆に、時に繊細に切り出され、鮮やかに組み合わせられました。それらは、光太郎にだけ見せたといいます。紙絵は、智恵子の思いを託した光太郎へのメッセージだったのではないでしょうか。

  一方、洋画家・智恵子の作品として確認されている油絵は3点しかありません。うち1点が大正初期、帰省中に描かれたと伝わる「花(ヒヤシンス)」です。署名はなく、額装されていない状態で見つかりました。もしかすると、未完成なのかもしれません。

 若い頃、完璧主義の一面があったという智恵子は、どんなに筆を進めても満足できず、何より芸術家である夫・光太郎に認められたいと、理想と現実の間でもがいていたのだと思います。

 光太郎を愛し、認められたいと願った若き日から、最期は智恵子にしかなし得ない表現で、光太郎ただ一人のために作品を残したのです。

(聞き手・三品智子)


 《二本松市智恵子記念館》 福島県二本松市油井漆原町36(☎0243・22・6151)。午前9時~午後4時半(入館は30分前まで)。水(祝休の場合は翌平日)休み。410円。紙絵は保護のため複製展示。23日~5月10日は実物を公開予定。

  

みやたしんや

 市教育委員会文化課主任主事 橋本真紀 

 はしもと・まき 2022年から現職。智恵子の誕生日と命日に合わせた「生誕祭」「レモン祭」の企画運営や生家のライトアップイベントを手がける。

(2026年4月21日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。入館料、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

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