読んでたのしい、当たってうれしい。

豚ホルモンの焼き鳥 夜遊び加速、ちょい悪な美味 久留米・ダルム

 下戸の癖に酒席が好きで、よほどの事情がない限り、三次会・四次会まで参加する。なんてことはない、周囲がどんどんへべれけんになる中、わたしだけアルコールを摂取していないので、たった一人、最後まで元気なのだ。友人たちは「回りとテンションが違って嫌じゃない?」と聞いてくれるが、こちらからすれば普段、押さえている感情のリミッターを場の雰囲気に合わせて外してゆけるので、とても楽しい。つまりわたしは呑まなくとも、シラフのままで酔っ払える人間なのだろう。

 

 八年前に亡くなられた歴史小説家・葉室麟さんは酒好きで、知り合った当初、一滴も呑めない人間がこの世にいることが信じられないご様子だった。「一口ぐらいなら呑めるんじゃない?」と幾度も聞かれたが、わたしがシラフで酒席を楽しめる人間だと分かってからは、気楽に誘ってくださるようになった。

 

 そのご逝去後、葉室さんのお暮しだった久留米のご友人がたとお近づきになった。人と人の仲を結わえるのがお好きだった葉室さんの置き土産だ。

 

 葉室さんがそうだったように、九州の方には酒豪が多い。「えっ、一滴も呑めないんですか?」とやはり驚かれたが、やがてこれまた葉室さん同様、「呑まない癖に酒席好き」と理解していただけたらしい。今では久留米にうかがうたび、夜遅くまでご一緒している。

 

 ただわたしは食いしん坊でもあるので、酒のツマミだけで夜を明かすのはちょっと口さみしい。そう感じていたのに気づかれたのかある時、夜も十時を回ってから、「よし! 焼き鳥を食べに行こう!」ということになった。

 

 驚くべきことに、福岡の繁華街は夜が遅い。十時といえば、わたしの暮らす京都ではそろそろラストオーダーの時刻だが、連れて行かれたお店はまだ宵の口と言わんばかりの賑わいで、我々の後からも次々客が来る。

 

「まずはダルム。あとは豚バラとトマトの豚巻きとしそ豚巻きと」

 

 おかしい。焼き鳥だと言われてついてきたはずが、まったく鶏がオーダーされない。メニューをのぞけば、冒頭には豚の串焼きばかりがずらりと並んでいる。しかも、「まずはこれ食べて! 久留米名物のダルム!」と勧められた串はカリッとした外側とジューシーな内側が印象的だ。口当たりは柔らかく、脂の旨味はしっかりあるのに、決して重くない。

 

「ホルモン……ですか?」

 

「うん、豚ホルモン。久留米の焼き鳥って言ったら、これはやっぱり食べてもらわないと」

 

 ダルムとはドイツ語で「腸」の意味。もともと久留米では豚ホルモンが盛んに食べられていたのが、久留米医学専門学校、現在の久留米大学医学部の学生が豚の腸を「ダルム」と呼び始め、この名が定着したという。

 

 そして久留米に限らず福岡では、串ものはなんでも「焼き鳥」と総称するらしい。じゃあ、本当に焼き鳥が――つまりチキンが食べたい時はどうすれば?と尋ねると、

 

「だから、これが焼き鳥なんだってばー!」

 

 と返ってきて、どれだけ繰り返してもらちが明かない。この時ばかりは相手が酔っ払いであることをつくづく思い知らされた。

 

 お店の方に尋ねれば、久留米の焼き鳥屋ではまず必ずダルムに代表される豚串を扱っているが、そもそも豚に限らず、牛・鶏・魚貝、場合によっては馬など多彩な食材を焼くのもまたこの地域の焼き鳥の特徴という。いわば「焼き鳥」とは串で焼かれているものの総称であり、客の側は今日食べたいものを自由に選んで注文すればいいわけだ。

 

 以来、久留米では酒席の後、焼き鳥屋に行くのが私の定番コースとなったが、ダルムの味わいは店によって少しずつ異なり、それを食べ比べるだけでも楽しい。いわゆる肉とは違っておなかに溜まらないので、夜遅くでもついパクリとつまんでしまう。持ち帰りやお土産といった健康的な旅の味とは正反対の、旅先の夜遊びを彩るちょい悪な美味である。

 

澤田 瞳子さん

 さわだ・とうこ 1977年生まれ。同志社大文学部文化史学専攻卒業、同大学院博士前期課程修了。2016年『若冲』で親鸞賞、21年『星落ちて、なお』で直木賞受賞。『赫夜』『孤城 春たり』など著書多数。

澤田 瞳子さん

Ⓒ富本真之

 

 

食彩を描く 澤田瞳子の滋味探訪の新着記事

新着コラム