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ひとえきがたり

塩狩駅(北海道、JR宗谷線)

殉職の峠には温泉の思い出も

1両きりのディーゼルカーが発車した。秋から冬へ、季節が足早に過ぎていく1両きりのディーゼルカーが発車した。秋から冬へ、季節が足早に過ぎていく=10月上旬撮影
1両きりのディーゼルカーが発車した。秋から冬へ、季節が足早に過ぎていく
=10月上旬撮影
1両きりのディーゼルカーが発車した。秋から冬へ、季節が足早に過ぎていく1両きりのディーゼルカーが発車した。秋から冬へ、季節が足早に過ぎていく=10月上旬撮影 塩狩駅

 ディーゼルカーのエンジン音が大きくなってほどなく、峠の駅に到着した。標高256メートル。暖房の効いた車内から降り立つと、寒さがいっそう肌に伝わる。

 1909(明治42)年2月、塩狩峠を登っていた列車の連結器が外れ、最後尾の客車が逆走。公務で乗り合わせていた鉄道院職員、長野政雄さん(当時30)が列車にひかれる形で暴走を止めた。それから57年後、この殉職事故を題材に作家の故三浦綾子が「塩狩峠」を発表する。駅の構内には長野さんを顕彰する碑が立ち、愛読者が今も全国から訪れる。

 距離1千メートル当たり最大20メートル登る急勾配の峠は、蒸気機関車の時代から難所だった。「峠にかかると速度が落ちて、走っている列車に乗り降りできた」と今年99歳の小野正敏さん。旭川生まれで戦後、塩狩に入植した。妻の冨子さん(92)は戦前、隣の和寒(わっさむ)駅から峠を越えて旭川の高等女学校に通っていた。「冬になると線路が凍って列車が止まり、学校に着いたらお昼だった時もあったのよ」

 長野さんの殉職当時、峠に駅はまだなかった。開業は1924(大正13)年。近くに塩狩温泉が開かれたのがきっかけだった。温泉を楽しむ近隣の人たちや入植者、営林署職員らで駅はにぎわったという。だが戦後になって過疎化が進み、86年に塩狩駅は無人駅になる。塩狩温泉も2005年に廃業した。現在、駅周辺に住むのは小野さんら3世帯だけだ。

  駅の間近に昨年、ユースホステルを開いた合田(ごうだ)俊幸さん(39)は和寒出身。幼かった頃、家族で列車に乗って塩狩温泉によく出かけた。「楽しかった思い出が忘れられないんです。またみんなが集まる駅にしたい」。長野さんの殉職や小説にちなむ催しができないか、仲間と知恵を出し合っている。

文 西村和美撮影 上田頴人 

沿線ぶらり

 JR宗谷線は旭川駅(北海道旭川市)と稚内駅(稚内市)を結ぶ259.4キロ。

 5月のお花見時期には、塩狩駅周辺と線路沿いに1万6千本のエゾヤマザクラが咲く塩狩峠一目(ひとめ)千本桜が有名。

 三笠山自然公園は和寒駅から徒歩30分。ゴーカートやキャンプ、パークゴルフも楽しめる。

 VIVAアルパカ牧場(TEL0165・34・3911)は剣淵駅からバスで15分。アルパカ9頭を飼育している。餌やり(有料)のほか、南米の雑貨やアルパカの毛で編んだ製品などの販売も。550円、小中学生250円。午前10時~午後4時(4月1日~10月31日は9時~5時)。

 

 興味津々
塩狩峠記念館
 
 

 駅から歩いて2分の塩狩峠記念館(TEL0165・32・4088)では、三浦綾子が「氷点」や「塩狩峠」などの代表作を執筆した住居を再現。当時の資料や家具などを展示している。200円、小学生100円。午前10時~午後4時半。(月)休み。12月1日~3月31日休館。

(2014年11月4日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

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