五十三次 府中
日暮れて間もない時分、遊郭の入り口で、ちょうちんを持った女性と馬上の遊客が言葉をかわす。馬の尻にはひもでつるされた馬鈴。「りんりん」とリズム良く響かせながらやってきたのだろうか
長いヤリでトラを押さえつける武士。横に「佐藤正清」と書かれているが、これは取りつぶされた家名を出すのをはばかった約束ごと。えぼし形のかぶとや、旗指し物のキキョウの紋からも加藤清正のトラ狩りの絵だ。
朝鮮出兵した豊臣秀吉はトラの肉や内臓を養生の薬として珍重したとされる。配下の武将らがトラ狩りをしたのは史実のようだ。中でも勇猛な人物像と結びついた清正のトラ狩りは、古くから文学作品などでもよく知られた。
しかし本作が描かれたのは、そうした清正人気のためだけではなさそうだ。
日本では野生に生息せず、近代までほぼ想像上の存在だったトラは、人を襲う恐ろしいものの象徴ともされた。江戸後期から繰り返し流行したコレラも「虎烈刺」「虎列拉」などの字があてられたりした。幕末、コレラ大流行から数年後に描かれた本作はコレラなどの「病よけ」を意識しているとも考えられる。