真乳山山谷堀夜景(まつちやまさんやぼりやけい)
目をこらせば漆黒の闇にも濃淡が。版画で表現した方法とは
手前の木の根元の白い群れ。その右手にも無数の影。キツネだ。目を凝らすと、どの口元にも炎がゆらめいている。
点々とともる野火を、人は狐火と呼んだ。「日没後の暗闇で瞬く正体不明の光は、キツネが口から吐き出す狐火などの妖火とされました。当時の人は、怪奇現象へのおそれをもののけの姿でユーモラスに捉えたのです」と、学芸員の鏡味千佳さん。
江戸後期の東京都北区王子周辺は、今も残る王子稲荷神社以外に何もない場所だった。王子稲荷の近くにあったのが1本のエノキの木。大みそかには稲荷社の使いのキツネが東日本中から集まり、この木の下で装束を整え、王子稲荷へ参拝したという伝説がある。木の周りをぐるぐる飛ぶキツネもいて、その数が多いと翌年は豊作とされた。
歌川広重の「名所江戸百景」の中で、この一枚だけが民話の世界を幻想的に描いている。