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私の描くグッとムービー

りんたろうさん(アニメーション監督)
 「人情紙風船」(1937年)

 山中貞雄という映画監督を知っていますか? 20代後半でTVアニメの時代劇を監督した時、監修だった松田定次監督から「見た方がいい」と薦められました。程なくして、「人情紙風船」のポスターを見かけて、映画館に飛び込んだんです。
 江戸時代の長屋が舞台。妻の内職で生計を立てる浪人、闇で賭場を開く髪結い……。長屋は社会の縮図そのもの。終始悲壮感が漂います。重苦しさに正面から向き合っていながら、モノクロームの映像がきれいなんです。ぼろぼろの障子やほつれた髪の毛さえもポエティックに撮られています。


 特に、淡い光を帯びた紙風船がどぶ川をゆっくり流れていくラストシーン。心に突き刺さりました。どぶ川は長屋であり人間社会。そこに住む人たちは夢も希望もあって一生懸命生きたいけれど、様々な問題を抱えている。その生き方を、きれいだけれど、たたけばつぶれる紙風船で表現した。詩が書けるほど、はかなくて切ない1ショットでした。後に監督した映画「銀河鉄道999」でメーテルが去った後、鉄郎が線路を歩き出すラストは、僕の中ではこのシーンと同じ。ポエジーなんです。


 山中貞雄は、サイレント映画からトーキーへの変革期に活躍した気鋭の監督でしたが、日中戦争に召集され、28歳で戦地で病死しました。現存する作品は3本だけ。2023年、失われたサイレント作品「鼠小僧次郎吉」を短編アニメ映画にしました。ラストには、本来ない紙風船のシーンを差し込んでいます。戦地で「(「人情紙風船」が)遺作ではチトサビシイ」と書き残した、山中監督へのオマージュです。

 

(聞き手・佐藤直子)

 

 
監督=山中貞雄

脚本=三村伸太郎 

原作河竹黙阿弥 

出演=河原崎長十郎、中村翫右衛門ほか

 

 1941年生まれ。代表作に映画「銀河鉄道999」「幻魔大戦」「メトロポリス」など。今年、「1秒24コマのぼくの人生」(河出書房新社)が第29回手塚治虫文化賞マンガ大賞。

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