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私の描くグッとムービー

中野翠さん(コラムニスト)
「海底二万哩」(1954年)

深海の人間ドラマ 子ども心にロマン

 子どもの頃から洋画好きで、浦和駅近くの映画館「浦和オリンピア劇場」が一番のアコガレ。小学校高学年の頃、ディズニー製作のこの作品を見て興奮しましたね。深い海の中での人間ドラマといったら、日本では浦島太郎の竜宮城という話もあって、やっぱり海の奥へのロマンというものは誰しも絶対にあるものなんだと思います。

 時代設定は19世紀半ば。謎の「怪物」が世界各地で船を襲う。その正体を明らかにするために、海洋学者とアメリカ政府が調査に乗り出す。「怪物」の正体は実は潜水艦ノーチラス。ノーチラスのネモ艦長(ジェームズ・メイソン)は戦争を憎むがゆえに、戦争に利用される船を襲っていたのだった。展開はちょっと強引だけれど、子どもだったのでその辺は関係なし。孤独で権力を持っているネモ艦長が風変わりだけど知的な感じがして、自分も大人になったような、大人の映画を見ている気がしました。

 物語の中心はネモ艦長と銛(もり)打ちの名手ネッド(カーク・ダグラス)で当時の大スターだったのに、強く印象に残ったのは助手のコンセイユを演じたピーター・ローレ。オドオドした、なんともいえず妙な表情がなぜか好きでした。後年、作家でマージャン名人だった色川武大(阿佐田哲也)さんが好きな俳優としてピーター・ローレの名前をあげていて、うれしく思ったものです。

 大人になって見直すと、CGに慣れてしまったから結構ちゃちだなあとも思うけど、こういうとっぴな話はそんなにリアルじゃなくてもいいんですよ。原作はジュール・ベルヌでしたね。70年も前の映画だけれど、人物造形がシッカリしているので今でも十分、楽しめます。

(聞き手・清水真穂実)

 

  
   監督=リチャード・フライシャー   

 製作国=米

 出演=カーク・ダグラス、ジェームズ・メイソン、ポール・ルーカスほか

 

 なかの・みどり  1946年、さいたま市浦和区生まれ。出版社を経て文筆業に。著書に「小津ごのみ」「この世は落語」「本日、東京ラプソディ」ほか。
 
(2025年11月21日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます)

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