売野雅勇さん 「ル・ブルターニュ 神楽坂」のガレット神楽坂
神楽坂に通うようになったのは、ヌーベルバーグの映画が好きで、フランス政府公式の語学学校に併設した映画館を訪れたのがきっかけ。フランスの下町のような、飾らない街の雰囲気が気に入っています。
長い間、人と人生を書いてきました。広島カープで数々の選手を発掘した木庭教氏を追った「スカウト」の取材では3年間、球場巡りを共にしました。酷暑の頃、喫茶店で飲み干したアイスコーヒー。山陰の漁港近くでかぶりついた焼きたてのサバ。「ああうまい」とうなずきあい、ほろっと忘れられない言葉を聞けたことも多かったなあ。
ノンフィクション作家として、あちこちにそんな追憶があります。京都・木屋町の「新三浦」にも幾度となく足を運び、取材先の方や編集者とひととき過ごしてきました。京都で生まれ育ちましたから、鴨川沿いの立地に心和みます。8月には送り火ものぞめます。
本店は博多で、京都のお店も100年以上続く老舗です。名物「鳥水炊き」は鶏ガラを井戸水で何時間も煮出した、という白いスープが絶品です。後口はあっさりとしていながら、こっくりとコクがあり、具をつまみつつ清酒とあわせると妙味が腹に染みてきます。これから秋深まると芯からほかほかしてきます。
八十路(やそじ)の坂も見えてきましたが、抱えるテーマがまだあります。実は現在、足を骨折してリハビリ中なのですが、完治してまた、あの水炊きなどいただいて再起しよう。そして書き続けよう、と期しています。
(聞き手・木元健二)
◆京都市中京区木屋町通御池上ル上樵木町491(電話075・231・1297)。[後]5~10時、[日]休み、不定休あり。水炊きコース1人前5100円(税・サービス料別)。
ごとう・まさはる 1946年、京都市出身。医学、スポーツ、人物評伝など多彩なテーマで執筆。情感豊かな作風で知られ、「遠いリング」で講談社ノンフィクション賞、「天人」など著書多数。大宅壮一ノンフィクション賞などで選考委員。