五十三次 京三條橋
江戸・日本橋から約500キロ、東海道五十三次の終着点は京の玄関口・三条大橋。東山や八坂の塔を背景に、頭に薪をのせて売り歩く大原女、茶筅をさした竹棒をかつぐ茶筅売り、衣を頭にかぶった被衣姿の高貴な女性が行き交う。
「七宝家には成りたくないと思わしむ」
最盛期、並河の工場には多くの見学客が訪れた。芳名帳に残る名前は、外国客だけでも3千人を超える。冒頭の言葉は、国内の記者が書き残したものだ。
本作は高さわずか11センチ弱。片手に収まってしまうほどの小さな壺に、草花が織りなす小宇宙が展開する。この緻密(ちみつ)な図柄を金属線と釉薬(ゆうやく)だけで作り出すのだから、訪問客が並外れた技術に仰天したのもうなずける。
垂れ下がる藤の花や色鮮やかな菊、唐草を際立たせるのは、背景地のつややかな漆黒だ。並河が研究を重ねて生み出したこの釉薬は、その透明感から「黒色透明釉」と呼ばれ、並河の代名詞となった。「華やかで品がある。並河の黒は格別です」と学芸員の湯浅英雄さんはたたえる。