読んでたのしい、当たってうれしい。

美博ノート

庭と作品(熊谷守一つけち記念館)

泉

 「泉って形があるんだよ」。熊谷守一89歳での抽象的な本作。学芸員の小南桃生さんは「(地の色は)東京の庭の土に近い」と話すが、守一がこれを描いた折に語ったのは、故郷・付知(岐阜県中津川市)で山仕事をして過ごしたころの思い出だった。

 母を亡くした30歳から5年間、付知で暮らした守一は、山奥の小屋に寝泊まりしながら木を切り出す仕事にも就いた。食事は自炊。小屋を建てるときは、岩に耳をあて水の気配を探したという。そんな水場を泉と言った。

 同じ付知時代の日記にも、付知川岸の伏流水がわく場所を「泉」と記した箇所がある。温かい水に集まるアジメドジョウがとれ、地元では清水、湧水と呼んだが、守一は詩的に表現した。

 付知川は別名を青川という清流だが、地形から水を農耕に利用できなかった。日照りの苦労や、何度かの試掘の末に用水が完成した喜びを守一は聞かされて育った。

 守一には水の形が見えたのだろうか。

(2021年3月16日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

美博ノートの新着記事

  • 朝の富士 白んだ空を明るい水色で、朝日を受けて輝く富士の頂の冠雪を黄色で、光に照らされた山体を黄土色で表現している。

  • 朝日  庭の植物や昆虫、カエルやネコなどを、鮮やかな色彩と輪郭線で描いた熊谷守一(1880~1977)。

  • ライフダンス No.1  人物の輪郭を表す線が画面を構成する形となり、四方八方へ広がっていく。

  • 立てる裸婦 アトリエに全く同じ構成でモデルや絨毯を配し、本作を描く小出楢重(1887~1931)の写真が残っている。

新着コラム