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ひとえきがたり

備後矢野駅
(広島県、JR福塩(ふくえん)線)

福縁うどんがキューピッド

「福縁阡うどん」を作る合間をぬって、里武三さんは気さくに客に話しかける
「福縁阡うどん」を作る合間をぬって、里武三さんは気さくに客に話しかける
「福縁阡うどん」を作る合間をぬって、里武三さんは気さくに客に話しかける 備後矢野駅

 「うどんは今度、彼氏と食べに来たらええけぇ」。取材が終わると、里武三(たけそう)さん(63)はそう言って送り出してくれた。「結婚の報告を兼ねて、今度は2人でいらっしゃい」と笑いながら。

 里さんは駅の管理を担う委託駅長。1983年、利用客の減少や旧国鉄合理化の一環で駅が無人になった。トイレは汚れ、待合室はクモの巣まみれに。駅前で縫製業を営んでいた里さんは、駅が次第に傷んでいく姿に心を痛めた。翌年、駅舎を無料で借り受け、構内でうどんとそばの「かすりや」を開く。田舎の味を楽しんでもらおうと考案したオリジナルメニューに、路線名と「福縁(ふくえん)」をかけて「福縁阡(せん)うどん・そば」と名付けた。

 全国の秘境駅を紹介するガイドブックなどに取り上げられたのをきっかけに、鉄道ファンらが集まるように。「結婚が決まった」と年に数組のカップルが報告に再訪することから、今では縁結びのパワースポットとしての呼び声も高い。

 「里さんが仲を盛り上げてくれた」と話すのは地元に住む谷森宏伸さん(45)。駅近くのユースホステルで出会った妻とは当時、京都と香川に離れての遠距離恋愛中。2カ月に1度のデートは駅で待ち合わせた。その度に、里さんら地元住民の励ましを受けたのだという。

 「福縁をキーワードに、今後も訪れる人の仲を取りもつけぇの」。笑いじわをいっそう深くして、里さんはキューピッドを自負した。

文 岡山朋代撮影 渡辺瑞男 

沿線ぶらり

 JR福塩線は、福山駅(広島県福山市)と塩町駅(三次市)を結ぶ78キロ。

 開業100周年を記念して、福塩線寄り道スタンプラリーが10月31日(金)まで開催中。沿線の観光スポット8カ所に散らばるスタンプを集めて応募すると、抽選で特産品が当たる。

 上下(じょうげ)駅から徒歩10分の府中市上下歴史文化資料館(TEL0847・62・3999)の2階には、田山花袋の小説「蒲団(ふとん)」に登場する女弟子のモデルとされた上下町出身の作家、岡田美知代の生涯を紹介したコーナーがある。

 

 興味津々
 
 

 福縁阡うどん・そば(各555円)は地元のヨモギとキビ、ウメを練り込んだ3色の餅入り。「二重のご縁」を願い25円を追加すると、駅名の焼き印が押されたお守りが付く。580円には「福縁(290円)が2倍」の意味も。午前10時~午後4時。(水)(木)休み。

(2014年9月9日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

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