戦場のメリークリスマス(1983年) 漫画家になりたての23、24歳の頃、デビッド・ボウイと坂本龍一が共演すると知って映画館に3回も見に行きました。
画家ヨハネス・フェルメール(1632~75)との出会いは、パリのルーブル美術館でした。「レースを編む女」という小さな作品でしたが、光の描写に心を奪われてしまって。故郷オランダへ作品を見に行ったり、彼が暮らした街を訪ねたりしました。
単に絵が好きということを超え、たぶん一生ずっと好きなんだろうなっていう人だったので、彼の有名な作品「真珠の耳飾りの少女」を題材にした映画が公開されると映画館に行きました。
街の空気、17世紀という時代の匂いまでも感じられる、それだけでも良い映画なの。光の描写が丁寧に表現されていて絵の世界に入り込んだかのように心地よく見ていたら、1カ所だけ現実に引き戻された瞬間があってドキッとしました。フェルメールの家に住み込みで働く少女グリートが、青いターバンを巻くために普段つけていた白い頭巾を外した場面です。
フェルメールはそれをのぞいてしまう。髪をほどくとブロンドの髪がふわっと現れ、きれいでなまめかしくて女っぽい。この一瞬、どうにもならない、でも、何かが通じ合うふたりの関係性が凝縮されていたように思えたの。「本当の私はこうなのよ」と語りかけてくるグリートの内なる思いを表したくてこの場面をイラストに描きました。
冬のオランダは鉛色をした雲に覆われ、隙間から注ぐ貴重な日の光を絵に捉えようとするのはごく自然なこと。フェルメールはきっと、少女の顔立ちを描きたかったのではなく、陽光を受けた青いターバンと真珠の光、つやめく唇を描きたかったのだろうと想像を膨らませました。だから、額のなかの少女の顔は描きませんでした。
(聞き手・尾島武子)
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監督=ピーター・ウェーバー 出演=スカーレット・ヨハンソン、コリン・ファース、トム・ウィルキンソンほか
ほしの・ともこ 新潟県出身。1980年のNHK連続テレビ小説「なっちゃんの写真館」でデビュー。
著書に「フェルメール 夢想空想美術館」(平凡社)、「星野知子の鎌倉四季だより」(敬文舎)など。 |